【TSAレポート2023 ④】生まれる、広がる、小さな雫。そして変化の波へ

2023 / 12 / 26 | カテゴリー: | 執筆者:EcoNetworks Editor

エコネットワークス(ENW)の組織内コミュニティTSAの過去・現在・未来について紹介する連載「TSAレポート2023」。7月から3回にわたってTSAの歴史や仕組み、組織への影響などについて解説してきましたが、いよいよ最終回となります。

第4回レポートでは、TSAの仕組みが社会にどんな影響を与えてきたのか、TSAパートナーへのインタビューを交えながらお伝えします。

(Photo by Kayoko Matsumoto)


執筆:新海 美保
長野県在住のライター・エディター。TSAではサステナビリティファンド事務局などを担当。


学びと実践の広場で生まれる「一滴の雫」

「『個』が輝くサステナブルな社会を実現するため、波を起こす一滴の雫になろう」。

ENWでは、このミッションを掲げ、サステナブルな在り方を目指して変化を起こそうとする「個」のチャレンジを応援しています。TSAはその舞台となる場であり、サステナブルな働き方や暮らし方を志向する人が集う、学びと実践の「広場」です。

第4回目のTSAレポートでは、TSAという「広場」で生まれた「雫」がどんな波を広げ、社会に変化をもたらしているか、お伝えします。

環境活動家になったTSAパートナーが広げる波

「サステナビリティファンド」は、サステナビリティにつながる個人の取り組みを資金面から応援するTSAの仕組みです。2018年の本格開始以来、これまでに述べ55人が活用し、周囲に様々なインパクトをもたらすプロジェクトへと発展した事例もあります。

上級ダイバーの資格取得を目指す田附さん(左) (写真提供:田附さん)

例えば、TSAパートナーの田附 亮さんは、2021年7月にサステナビリティファンドを利用して「ダイバーシティなごみ拾い」を開催。多様なセクシュアリティ、年齢、国籍の12人が神奈川県の湘南海岸に集まり、ファンドで購入したトングや袋を使ってごみを拾いました。そして、翌2022年にはNPO法人気候危機対策ネットワークの「環境活動家養成コース」に挑戦。環境問題に関する学科講習や海岸観察など3日間のプログラムを経て、環境活動家の資格を取得しました。さらに今年はダイビングの初級ライセンスを取得し、近い将来、上級ダイバーの資格も取って水中ごみ拾いや珊瑚礁の植栽を始める予定です。

いずれもファンドを活用して取り組んだ活動で、田附さんは現在「LGBTs環境活動家」として活躍しています。ごみ拾いのイベントはその後も毎月、海岸や川などで実施し、参加者は過去2年間で延べ150人以上にのぼります。参加者の中には環境問題に全く興味がなかったという人もいますが、ヴィーガンフードやLGBTsなど多様な切り口を取り入れて楽しく学べる催しにすることで、環境について考える人の輪が広がっています。

東京都港区の環境講座(石鹸づくり)で講師を務める田附さん(写真提供:田附さん)

「ごみ拾いで海岸を歩いたり海に潜ったりする時間が増える中、地域の環境問題について知れば知るほど危機意識が高まり、もっと多くの人に伝えていかなければという思いが募った」。

こう話す田附さんは今、コミュニティを超えて多様な人が集い、みんなで社会について考え、一緒にアクションを起こしていくきっかけづくりに力を入れています(田附さんの報告はこちら)。

知られざる地域の魅力を伝え、地域に貢献

TSAに背中を押されて、地域の魅力を伝え、まちを盛り上げているTSAパートナーもいます。

翻訳者・通訳ガイドの俣野 麻子さんは、2021年にサステナビリティファンドを活用して京都・大原野の魅力を伝える日英バイリンガルのウェブサイト“oharano.jp”を制作。京都市西京区に位置する大原野は、街中の喧騒から離れた田園風景の中にあり、多くの寺社や仏閣が残る歴史ある集落です。今から10年前の2013年、この地に魅了されて移住した俣野さんは、これまでも大原野の魅力を伝える日英のフリーペーパーを制作してきましたが、より多くの人に届く媒体をつくりたいとの思いから、ファンドを活用してウェブ制作に踏み切りました。

俣野さんが移住した京都・大原野(写真提供:俣野さん)

公開から1年後の今年、oharano.jpは地域の活性化を目指す京都西山・大原野保勝会や京都市中心部のオーバーツーリズムに悩む京都市観光協会の目に止まり、連携協力の依頼が舞いこみました。ウェブサイトは京都西山・大原野保勝会が取り組むインバウンド(訪日外国人)向けの公式サイトとして位置づけられるとともに、観光庁の「地域観光資源の多言語解説整備支援事業」の実施地域に選定されました。

「当初は自分たちのフィルターを通した発信にこだわっていたけれど、観光庁から派遣された英語ネイティブのライターさんと一緒に地域をまわる機会が増え、よりネイティブ目線を盛り込んだ発信を意識するようになった」と俣野さん。来年、コンテンツが大幅に増える予定だそうです。

俣野さんは、まだまだ知られていない地域の魅力を伝えるため、京都市認定通訳ガイドの資格も取り「持続可能な地域づくりの担い手として、これからも地域に貢献していきたい」と語ります。

また、九州で暮らす岡山 奈央さんは、2019年にファンドを活用して、長崎県雲仙温泉の歴史を紹介するパンフレット『明治期の雲仙温泉 秘蔵古写真でたどる雲仙温泉の「避暑地時代」』を日本語と英語で作成。英訳はTSAパートナーである梅村 フィデスさんに依頼し、かつて外国人の避暑地として人気を博した雲仙の魅力を紹介しました。冊子は雲仙のビジターセンターに置かれ、訪れた観光客がより深い歴史を知るきっかけとなっています(詳しくはこちら)。

コンポスト実践者、増加中!

TSAパートナーの「個」の取り組みが周囲に影響をもたらし、じわじわと広がっていった事例としてコンポストがあります。

(Photo by Miho Shinkai)

TSAでは、2020年にオンライン上のコミュニティ、Slack(スラック)で約30のチャンネルが立ち上がりました。このうち特に多くのTSAパートナーが参加するのが「#コンポスト部」のチャンネルです。コンポスト部では、ごみを減らす工夫や循環型の暮らし、おすすめのコンポストなどの情報を共有し合っています。

コンポスト部が生まれた背景について、TSAお世話役の曽我 美穂さんは「TSAにはごみの削減やコンポストに興味のある人が多い。コンポストに関するオンライン座談会を開催した際はすごく盛り上がり、その直後にオンライン上でいつでも情報交換し合える『コンポスト部』を発足した」と振り返ります。

自他ともに認める「コンポストおたく」の曽我さんは、これまでエコライターとしてコンポストの実践に基づくたくさんの記事を書いて発信し、テレビ局の取材を受けたこともあるほど。TSAではその知識やノウハウを惜しみなく伝え、これから始めたいという人の後押しもしてきました。曽我さんは「コンポストはそれぞれが離れた場所で実践していて、部活のやりとりを見て実践につなげる人も多く、コンポスト実践者の輪が広がっているのを実感している」と言います。

社会に声を届けるプロジェクト

TSAパートナー2人以上が集まって自主的に「プロジェクト」を開始し、社会に声を届ける取り組みも行われています。

『“その人らしさ”を応援できる社会のために 〜幼児期のジェンダーガイドブック〜』表紙イメージ

例えば、2019年11月にリリースされた『幼児期のジェンダーガイドブック』は、翻訳家/デザイナーの渡辺 千鶴さんの発案でスタートしたプロジェクトです。日頃の子育てや自身が大人になる過程で感じてきた日本社会のジェンダーバイアスについて「一緒に考えよう」とTSAのネットワークに呼びかけたところ、共感する仲間たちが手を上げました。冊子では500人以上にアンケート調査をした上で、国内外の先進的な取り組みを紹介。製本した冊子を期間限定で有料頒布したところ、200冊以上の申し込みがあり「図書館に置いてほしい」「保育機関での研修に使いたい」などの声も届きました。

また、2023年7月にスタートした「エシカルボイスプロジェクト」は、生活者・消費者の立場から、企業などに「環境や社会問題にもっと取り組んでほしい」と声を届けていくプロジェクト。きっかけは、サステナビリティファンドを活用して企業・組織へ改善の要望を伝えた野澤 健さん・関澤 春佳さんの取り組みです。約半年間で55の企業・組織に改善の要望を伝えたところ、48社・団体からリアクションがあり、実際に改善につながった事例もありました。この結果をTSAパートナーに共有したところ、共感の声が広がり、TSAに集う有志がエシカルボイスを実践するエシカルボイスプロジェクトが立ち上がったのです。各地で暮らすメンバーが現在も、様々な企業などに働きかけを行っています。

社会を変えるムーブメントは「一滴の雫」から

「社会を変えるムーブメントは、1人の行動から始まり、続けることで少しずつ広がっていくケースが多くある。TSAはそんなじわじわ型のムーブメントの後押しになっていると思う」と話すのは、TSAお世話役の曽我さん。環境活動家としての一歩を踏み出した田附さんも「ごみを拾ったところで気候危機はおさまらない。それでも続けているのは、1人でも多くの人に伝えたいことがあるから。かつて海の中で『人間は自然の一部』だと体感し、生まれ変わったような経験をしたことがある。そんなきっかけをどんどんつくりたい」と言います。

サステナブルな社会の実現という大きな目標を掲げると、時に行き詰まってしまうこともあるかもしれません。でも、一つひとつの「雫」は小さくても、たくさん集まれば集まるほど、それは波紋となって広がり、波を起こすことにつながるはずです。

そう信じて、TSAではこれからも持続可能な未来のために、波を起こす試みを続けていきます。

*トップの写真:小さなたくさんの灯りが集まって、互いを照らし合い、明るい空間を生み出している。TSA「写真部」メンバーの松本 香代子さん撮影

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