重要文書の翻訳を考える:トップメッセージの翻訳で求められること

(Photo by Ben Soyka via Unsplash)

以前本サイトでは、企業が掲げる各種方針を翻訳する際に気を付けたいポイントを整理しました。今回は、方針と同様に、企業にとって重要な発信情報であるトップメッセージの翻訳において、翻訳者が果たすべき役割を考えます。

言葉一つで伝わる温度が変わる

トップメッセージの翻訳は、単なる言語の変換ではなく、企業の姿勢や価値観を幅広いステークホルダーにどう伝えるかという戦略的なプロセスです。

例えば、以下の事例で3つの訳文を比較してみましょう。

原文:私たちは、事業による環境へのインパクトの軽減に取り組みます。
(パターン1)
We will work to reduce our environmental impact.
(パターン2)
We are committed to reducing our environmental impact.
(パターン3)
We take full responsibility for reducing our environmental impact.

情報としては同じですが、特に太字の表現に注目すると、伝わる温度――つまり発信者の責任感や覚悟がどう伝わるか――が異なることが分かります。
(パターン1)→(パターン2)→(パターン3)の順に、「意思がある」から「覚悟をもってやり抜く」、「自分たちの責任としてやる」へと、意気込みがより強く伝わる表現となっています。

もう一つ、会社としての優先課題を伝える文章の英訳における伝わり方の違いを見てみましょう。

原文:私たちは、サステナビリティを重要課題として認識しています。
(パターン1)
We consider sustainability to be important.
(パターン2)
Sustainability is at the core of everything we do.

(パターン1)のimportantは頻出語で便利な表現ですが、それだけに言葉としてのインパクトは強いとはいえません。一方、(パターン2)のat the coreのような表現を用いれば、様々な課題があるなかで常に中核と位置づけられるテーマであることを伝えられます。

紹介した事例のように、トップメッセージでは、文法的に正しいからOKとするのではなく、「どういう温度で伝えたいか」という発信者の意図に沿った訳文とすることが非常に重要です。

センシティブな局面で企業の姿勢をどう示すか

さらに、トップメッセージの翻訳においては、社会的・政治的な変化に直面した際の言葉選びも極めて重要です。

例えば、グローバル市場に影響を及ぼす政権交代や国際情勢の変化などを受けて、企業としてのスタンスが問われる局面では、語られる内容の持つ意味合いが通常以上に重くなります。具体例として、以下のメッセージの一文における違いを見てみましょう。

例1:
We recognize that rising geopolitical tensions are reshaping the global business environment, and we have taken concrete measures to address associated risks.
(試訳:私たちは、地政学的な緊張の高まりにより、世界のビジネス環境が大きく変化しつつあることを認識しており、それに伴うリスクに対して具体的な対策を講じています)
例2:
In an increasingly complex global environment, we continue to monitor developments closely and respond with agility.
(試訳:国際情勢が複雑化する中、私たちは引き続き動向を注視し、迅速かつ柔軟に対応していきます)

例1では、企業としての認識や対応姿勢を明確に打ち出しているのに対し、例2では、具体的な言及は避けつつ状況に応じて適切に対応していく意思を示しています。

このようなメッセージの翻訳においては、「誰に向けて、何をどの程度の距離感で伝えるか」を明確にする必要があります。投資家向けの開示なのか、特定の国・地域の顧客を意識しているのか、NGOや評価機関の見方を意識しているのか。それによって、選ぶべき表現が異なります。こうした判断には、業界やサステナビリティ開示の文脈に関する知識と、ステークホルダーへの深い理解が不可欠です。

近年、AI翻訳の精度は飛躍的に向上しました。一方で、トップメッセージのように意図や文脈を踏まえた判断が必要な領域では、人にしか担えない役割があるのは確かです。今後翻訳者には、伝えたいメッセージの意味と意図を発信者とともに考え、再構成する力がこれまで以上に求められていくでしょう。

※英文の訳はすべて筆者による試訳です。


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