「ジェンダー・ブラインド」について考える:DEIと翻訳の観点から

(Photo by Brett Jordan via Unsplash)

ジェンダー・ブラインド」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。

この言葉を初めて聞いたとき、自分が使う立場になったら、一度立ち止まって考える必要がありそうだと感じました。考えたいポイントは二つあります。

まず「盲目」を意味する「ブラインド/blind」という表現を比喩として使うことの是非。もう一つは、この言葉がもたらす、表現としてのインパクトです。インクルーシブランゲージ*の観点から言葉選びへの配慮が重要であることは確かです。ただ、今回のケースにおいては単純に「使う/使わない」で片付けられない問題だと考えています。

*性別、人種、年齢、障がいの有無など、あらゆる属性を含むすべての人々を尊重し、誰も排除しない表現

比喩がもたらす影響と言葉の力

この「ジェンダー・ブラインド」という言葉は、日本語としては今のところそれほど一般的には使われていない印象です。一方で、英語のgender-blindは、国連機関のHPで使われていたり、Oxford English Dictionaryにも掲載されていたりと、比較的目にする機会が多い表現といえます。

この言葉で引っかかるのは、やはり「ブラインド/blind」の部分です。

英語では他にも、「耳が聞こえない」という意味のdeafを用いたtone-deaf空気が読めない、配慮に欠けるといった意味合い)や、「話せない」を意味するdumbを「愚かな」の意味合いで用いるdumb questionといった表現があります。いずれも、身体的状態を否定的にとらえた比喩として用いられていて、結果的に誰かの人権を侵害していないか、立ち止まって考えたいところです。

一方で、これらの表現にはインパクトがあり、人の目を引く力もあります。例えば「ジェンダー・ブラインド」という言葉は、ジェンダーによる差別や偏見が存在する現実をないものとして扱う姿勢を問題視する場面で用いられています。このように言葉が持つ力によって問題が可視化され、人々が関心を持つきっかけとなる側面も無視することはできません。

だからこそ、選択肢から外して終わりにするのではなく、どう向き合うかを丁寧に考える必要があると思います。

言語間にあるズレを意識することの重要性

前述のとおり、「ジェンダー・ブラインド」という日本語と「gender-blind」という英語では現状使われる文脈や浸透度に違いがあります。その結果、同じ言葉でも受け取られ方にズレが生じます。

例えば、blindやdeafは英語では「気づかない」「配慮に欠ける」といった意味でも広く使われており、必ずしも視覚や聴覚の状態と結びつけて受け取られません。一方、それらを日本語にする場合、blindは「盲目」、deafは「聾(ろう)/耳が聞こえない」といった訳語が代表的で、これらは比喩表現というより、身体的状態を直接想起させる言葉として受け取られやすくなります。

このようなズレは、これらの表現に限った話ではありません。言語間で生じるニュアンスの違いを無視せず、それを踏まえて訳文に反映することは、翻訳者が果たすべき重要な役割の一つです。「原文の意味を正しく伝えること」だけではなく、「言語の特性や文化を踏まえた表現にすること」を常に目指す必要があります。

翻訳者として私自身、自分が使う言葉や表現が無意識に誰かを傷つけることがないように、これからも最大限の注意を払っていきます。ただ、だからといって「リスクがあるから使わない」を唯一の選択肢にするのではなく、どんな意図でその言葉を選び、どのように使うかを考え抜くことで、一つひとつの表現にしっかり向き合っていきたいと思います。


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