AIと人間がつくるこれからの翻訳品質

2025 / 12 / 1 | カテゴリ: | 執筆者:EcoNetworks Editor

(Photo by Igor Omilaev via Unsplash)

ChatGPTやDeepLなどのAI翻訳ツールの精度は日々進化し、誰でも簡単に外国語の文書を作成できる時代になりました。AIは速く原文通りに訳すことに優れており、大量の翻訳を短時間で処理できます。しかしビジネスの現場では、「AIの訳は間違っていないのに、ターゲット層に響かなかった」ということがあり得ます。

その理由は明確です。AIは「言葉」を訳すことはできますが、「文化的背景」や「文脈」、「その表現が読み手にどんな印象を与えるか」といった、人間が日常的に行っている解釈までは理解できないからです。

ここでは、実際の翻訳プロジェクトを想定したケーススタディを通じて、人間の翻訳者がどのような価値を生み出しているのかを解説します。

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【ケーススタディ】フードデリバリーサービスの紹介文
仮に、日本のあるフードデリバリーサービスが海外展開のためにウェブサイトを英訳することになったとします。キャッチコピーとして考えたのがこちらです。

<日本語原文>
「共働き世帯など時間的余裕がないユーザーに最適です」

この一見シンプルな一文を、AIと翻訳者それぞれに依頼するとどうなるでしょうか。

<AIによる翻訳>
Ideal for users with limited time, such as dual-income households

<翻訳者による翻訳>
(案1)Perfect for anyone who doesn’t have time to cook
(案2)Short on time? We deliver.
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なぜAI訳では不十分なのか

上記のとおり、AI訳は文法的には正しく、意味も通じます。一方で、私たち翻訳者の強みは、クライアントさまの目的やターゲット層、届けたい想いに応じて複数のパターンをご提案できることです。

では、AI訳のどこに課題があり、人間の翻訳者は何を考慮して訳文を提案しているのでしょうか。

1. 文化の違いや文脈を踏まえた表現
AI訳のdual-income householdsという表現は、日本語原文の「共働き世帯」を忠実に訳したものです。しかし、英語圏のマーケティングでは、「Who you are(あなたがどんな人か)」よりも「What you need(あなたが何を求めているか)」を重視します。つまり、属性ではなくニーズに訴える方が自然なのです。このメッセージが意図する目的を果たすためには、単なる言葉の置き換えでは不十分で、文化的背景や文脈を踏まえ、思考・志向の違いを反映したメッセージの設計が求められます。

また、特定の属性を前面に出す表現は、文の構造上その層が主対象として強調され、他の層は補足的に扱われているように受け止められるリスクがあります。「anyone who doesn’t have time to cook(試訳:料理する時間がない方)」のように、属性ではなく「状況」に焦点を当てた表現は、誰も排除せず、より包括的なメッセージになります。

このように文化や市場の前提を踏まえて、それぞれの場面で言葉がどう機能するかという「文脈の違い」を反映することが、期待されるコミュニケーション効果を生み出します。AI翻訳は構文や語彙の変換に優れていますが、こうした文化的背景や文脈までは理解できません。人間の翻訳者は、言葉の背後にある文脈を読み取り、読み手に届く最適な表現に再設計してご提案することができます。

2. 行動を促す力のある訳文の提案
翻訳者は、単に「正しく訳す」だけでなく、「行動を促す言葉」に磨き上げる役割も果たすことができます。

例えば、(案2)のShort on time? We deliver.(試訳:時間がない? 当社がお届けします)は、「時間がない」という課題に対して、解決策としてのサービス(=時間の節約)を端的に提案しています。こうした簡潔でキャッチーなフレーズは、直感的に読み手に訴えかけ、さらには行動を促す力があります。

「どう訴えれば心が動くか」、「どんな言葉が行動を促すか」――こうした判断を行いながら、翻訳者は文化的背景や文脈を踏まえ、クライアントさまの目的やご要望に応じた複数のパターンをご提案できます。また、必要に応じて原文の改善提案を行うことも可能です。

AIと翻訳者、それぞれの役割

AIは「速く原文通りに訳す」ことに優れています。
翻訳者は「伝わる言葉に磨き上げる」ことができます。

翻訳者が生み出す価値
• 文化的配慮:誤解や違和感を避け、自然なメッセージを届ける
• ターゲット理解:誰に・どう訴えるかを判断できる
• 柔軟な提案力:「行動を促す言葉」など、目的に応じた表現を提案できる
• 文脈の解釈:言葉の背後にある意図・含意・リスクまで読み取れる

AIと翻訳者、それぞれの強みを活かすことで、クライアントさまの言葉を世界に正しく、そして魅力的に届けることができます。AIが効率化を担い、翻訳者がより創造的な価値に集中できるようになった今、その協働を基盤として生まれるのが、これからの翻訳品質です。

※英文の訳はすべて筆者による試訳です。

古田綾子/翻訳者)


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