英国の生物多様性ネットゲイン政策 成立への道のりと新たなジレンマ

2025 / 10 / 31 | カテゴリー: | 執筆者:EcoNetworks Editor

(Photo by Azaz Ahmad via Unsplash)

国で法制化された生物多様性の回復を目指す政策

「biodiversity net gain」、略してBNGという言葉を聞いたことはあるでしょうか。netは「正味」、gainは「獲得・増加」といった意味で、日本語では「生物多様性ネットゲイン」と訳されています。BNGとは、土地開発の際に事業の一環として動植物の生息地を確保し、工事が環境に与える影響をオフセットした上で生物多様性を実質的に純増させることを指します。

EU離脱後、独自に環境への取り組みを進めるにあたり、英国政府は2018年に「25ヵ年環境計画」を発表しましたが、ここに盛り込まれた方針の一つが「BNG原則の導入」でした。生物多様性完全度指数(BII)が218ヵ国中189位と、当時世界でも生物多様性が低い国であった英国で、「開発か自然保護か」という対立の図式から「開発を通じて自然を回復」というアプローチへの切り替えに、政府が取り組む意志を示したのです。この計画は、英国イングランドで2021年環境法(Environment Act 2021)として実を結び、2024年から施行が始まっています。

生物多様性をどう「測り」、どう「増やす」のか?

イングランドで導入されたBNGルールでは、開発工事後の生物多様性を、工事前より実質10%以上増やすことが義務づけられます。しかし、生物多様性を定量的に評価するといっても、すべての開発地で種や個体数を正確に数えるのは大きな負担です。そこで、判断基準には生息地の規模と質が使われています。

開発の際には事前に、事業計画認可手続きの一環として環境・生態学の専門家が現地環境の評価を行い、生息地の面積、品質、種類に基づき、生物多様性ユニット(biodiversity unit)として数値化します。その上で、工事後のユニット数を実質10%増やすための具体的な手段を計画に盛り込む必要があります。

現存する生物多様性の損失をなるべく防ぐため、BNG達成の手段について、生物多様性ゲインヒエラルキー(biodiversity gain hierarchy)と呼ばれる優先順位が、以下のように規定されています。

  1. 開発する敷地内の生息地を保全し、質・規模を向上
  2. 敷地内に新たな生息地を創出
  3. 敷地外に新たな生息地を創出、または生物多様性ユニット市場から必要なユニットを確保
  4. 最後の手段として、政府から生物多様性クレジットを購入

生物多様性ユニット市場では、土地所有者が自主的に創出した生息地を登録して、開発事業者に生物多様性ユニットを販売することができます。土地所有者がBNGから利益を得られる仕組みを作ることで、生息地の保護・拡大を促進しようという施策です。

BNG達成に使われた生息地では、開発事業完了後少なくとも30年間生物多様性レベルを維持しなければならず、土地所有者に管理が義務づけられます。

住宅建設か生物多様性か、ジレンマに揺れるBNG政策

2022年に採択された「昆明・モントリオール生物多様性枠組」は、生物多様性の損失を止め、反転させる「ネイチャーポジティブ自然再興)」を目標として掲げていますが、BNGは、これを実現する具体的な政策手段として注目されています。

施行から1年半と日が浅いこともあって、認可に関わる自治体も開発事業者も、まだ最適な実践アプローチを模索している段階です。ルールが定着し、成果が目に見えるようになるにはまだまだ時間がかかります。

しかし、2024年の政権交代をきっかけに、BNGに対する逆風も吹いてきています。新政権は、民間セクターによる大規模な住宅建設を推進し、住宅難解消と同時に経済成長のてこ入れを達成すると公約しています。

その促進策として開発認可プロセスの簡略化法案が導入され、小中規模住宅開発におけるBNGルールの免除・緩和が検討されているのです。法改正が施行されれば、規制回避の抜け穴として使われて、「開発を通じて自然を回復」というビジョンが絵に描いた餅に終わってしまう懸念もあります。

どの国でも環境政策は、政治の風向きの変化に左右されてしまいがちですが、世界でも画期的なBNGの取り組みが、しっかり根を下ろす前に形骸化してしまわないことを願っています。

(杉本 優/翻訳者)

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