「移住労働者」OR「移民労働者」? 一文字の違いの意味を考えた言葉選び

2025 / 6 / 6 | カテゴリー: | 執筆者:山本 香 Kaori Yamamoto

(Photo by Brett Jordan via Unsplash)

翻訳の仕事をする上で、原文の意味を正確に捉え、何も足さず、何も引かずにその意味を伝える、つまりあくまで情報発信者の代弁者であろうとする姿勢はとても大切です。一方で、どのような言葉で伝えるかによって、想定外に大きな影響を及ぼす場合もあり、単なる言葉の置き換えで満足せず、情報の受け手に、ひいては社会全体に与える影響を考えて訳すことも翻訳者にとっては非常に大事です。

「移住労働者」か「移民労働者」か

例えば、migrant workerの訳として「移住労働者」と「移民労働者」の二つがパッと頭に浮かびます。正確性という点に絞って言えば、どちらも間違いではなく、おそらくどちらも文脈を問わず違和感なく当てはめることができるでしょう。

しかし、「移住」と「移民」という二つの言葉に違う意味合いがあることは確かです。
辞書を引かずとも、漢字一文字の違いで、前者が「住む場所を移すこと」、後者が「他から移り住んできた人々」を言い表していることが分かります。生活の場を変えることに重点が置かれていることから、前者の方が移動する人の人間性を尊重した表現といえます。
また、これらの表現が関係する背景として、一部の国や産業では、国外からの労働者の受け入れにより国内労働者の就労機会が減る、といったことが懸念されています。その点を踏まえると、「移民」という言葉を選ぶことで、「国内の人」と「国外からの人」との間に明確な線引きがなされてしまい、対立構造を生む結果につながる恐れがあります。こうした理由から、migrant workerの訳としては「移住労働者」の方がより中立的な表現といえます。

どちらでもよいと流すのではなく、しっかり立ち止まって一文字の違いを見極め、より適切な表現を選ぶことは、単なる代弁者ではなく発信者としての翻訳者の責任だと考えます。

インクルーシブランゲージを追求し続ける理由

エコネットワークスでは、これまでも誰一人取り残さない表現「インクルーシブランゲージ」を追求し、ウェブサイトに掲載するあらゆる記事をこの観点でチェックしたり、社内外で勉強会を企画・開催したりしてきました。

今回ご紹介した「移住労働者」と「移民労働者」の例からも分かるとおり、言葉選びひとつで、意図せずともある特定の人々にレッテルを貼ることになったり、ひいては社会的な対立構造を助長してしまうことが起こりえます。自ら情報発信を行い、また支援する立場として、言葉の持つ力を社会のポジティブな変化につなげていくために、私たちはこれからもインクルーシブランゲージにこだわり続けます。

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