carbon farming 農林業の炭素除去能力を気候対策に組み込む

2025 / 6 / 9 | カテゴリー: | 執筆者:二口 芳彗子 Kazuko Futakuchi

(Photo by Steven Weeks via Unsplash)

2024年12月に欧州理事会で最終承認されたCRCF規則(EU Carbon Removals and Carbon Farming (CRCF) Regulation)は、欧州全域の製品における炭素除去、カーボンファーミング、炭素貯留を認証するEU規模で初めての自主的枠組みであり、その認証スキームの品質基準を確立し、モニタリングと報告のプロセスを定めています。

先日、翻訳文書の中にあるこの規則の訳語をチーム内で検討していたときのことです。いろいろと調べていく中で、この規則は実は少なくとも同年2月中旬までは「Carbon Removal Certification Framework」という名称だったことが分かりました。つまり、CFに当たる部分が最終的には「Certification Framework(認証枠組み)」から「Carbon Farming」に変わったのです。

「カーボンファーミング」とは何か。規則の名称の一部になるほど、欧州の気候政策での重要性が認められたのだろうか。そのような疑問から今回は、耳慣れないこの用語についてまとめます。

欧州の食料安全保障政策で議論されたcarbon farming

カーボンファーミングの概念については、2020年に公表されたFarm to Folk(F2F)戦略に記載されています。F2F戦略は、EUグリーンディール政策の一環として、EUの食料システムを公平かつ健康的で環境に配慮したものにすることを目指しており、EUの食料システムの方向性を示しています。戦略をまとめた刊行物の8ページから抜粋します。

An example of a new green business model is carbon sequestration by farmers and foresters. Farming practices that remove CO2 from the atmosphere contribute to the climate neutrality objective and should be rewarded, either via the common agricultural policy (CAP) or other public or private initiatives (carbon market). A new EU carbon farming initiative under the Climate Pact will promote this new business model, which provides farmers with a new source of income and helps other sectors to decarbonise the food chain. As announced in the Circular Economy Action Plan (CEAP), the Commission will develop a regulatory framework for certifying carbon removals based on robust and transparent carbon accounting to monitor and verify the authenticity of carbon removals.
(試訳)新しい環境配慮型ビジネスモデルの一例として、 農業や林業による炭素隔離が挙げられる。大気からCO2を除去する農法は、気候中立の目標に貢献するものであり、EU共通農業政策(CAP)または他の公的・民間イニシアティブ(炭素市場)を通じて、報奨を受けるべきである。気候協定に基づくEUの新たなカーボンファーミングの取り組みは、この新たなビジネスモデルを促進するものであり、農業従事者に新たな収入源を提供し、他のセクターのフードチェーン*の脱炭素化を支援する。循環経済行動計画(CEAP)で発表されたように、欧州委員会は、炭素除去の真正性を監視・検証するために、強固で透明性の高い炭素会計に基づく、炭素除去の認証に関する規制枠組みを策定する。

* 食料の一次生産から最終消費までの流れ

そして、上記の抜粋部分の最後にある「規制枠組み」がCRCF規則というわけです。

名称が意味する広範囲な活動

CRCF規則の専用サイトでは、カーボンファーミングとは「森林や土壌における炭素の吸収と蓄積を促進する活動や、土壌からの温室効果ガス排出を削減する活動」とあり、具体例として以下の活動が挙げられています。

泥炭地や湿地の再湿潤化と回復により、炭素の酸化を抑制し、炭素の吸収を増加させる
アグロフォレストリーや混合農業により、作物生産や畜産に樹木や低木の管理を統合する
・間作物、被覆作物、保全耕起、生垣などの土壌保護対策を実施する
・生物多様性と持続可能な森林管理のための生態学的原則を尊重した森林再生を行う
肥料の使用効率の向上を図り、亜酸化窒素の排出を削減する

F2F戦略時点での定義からさらに広がり、炭素(=CO2)を吸収・蓄積し土壌からの排出量を削減する農林業や、泥炭地や湿地および森林の再生活動がカーボンファーミングと捉えられています。翻訳者としては、直訳すれば「炭素農法」などとなるこの名称は、「カーボンファーミング」とカタカナ表記するしかなさそうというのが率直なところです。理由はこの用語が生態系の再生活動までを含む幅広い活動を意味するためです。

炭素市場に参入できるビジネスモデルとして

もう一つ重要なのは、カーボンファーミングが経済価値を生み出すビジネスモデルとして捉えられている点です。気候に配慮した農林業を実施する農業・林業従事者が農業政策から報奨金を得たり、炭素市場に参入し利益を得ることを可能にする。そして得た収入をそのような農林業に再投入できる循環を生み出し、拡大させる。CRCF規則に沿った認証スキームでは、第三者機関による認証が義務付けられており、実際に炭素除去量・削減量を測定する方法や、それに対する炭素価格(あるいはその計算方法)も確立したと考えられます。

2019年8月にIPCCが公表した特別報告書「気候変動と土地(Climate Change and Land)」で、細心の注意を払って土地利用と気候の安定のバランスをとることが必要であると提唱されていましたが、現実の社会でそれを実現するために、5年半後に炭素市場に土地利用を統合する仕組みが構築されたのは、感慨深いです。

欧州委員会は2026 年までに、カーボンファーミングの対象範囲を畜産業による温室効果ガス排出量の削減にも拡大するかどうかを評価するとしています。農林業は、その土地の土壌の質と気候が大きく影響しますので、欧州の仕組みをそのまま世界各地で実践することはできないかもしれません。しかし、食料安全保障と気候対策を同時に議論し実践しようとする視点や行動は、ぜひ各国の食料政策に取り入れてほしいものです。

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