Translators in Sustainability 伝わるコミュニケーションへの道
ありのままを伝えるために sanewashingからの学び

(Photo by ernys via Unsplash)
先日の米大統領選の前後に、ニュース記事でsanewashingという言葉を目にしました。「正気の」、「まともな」という意味のsaneと、うわべをごまかすという意味のwhitewashを組み合わせた言葉です。正気なのはうわべだけ、とはどういう意味でしょうか。
記事では発言が当たり障りのない表現にまとめられているとの指摘
sanewashingは、メディア批評家のパーカー・モロイ氏が今年9月に『ニューリパブリック』誌の記事で使った言葉です。ジャーナリストには、トランプ氏の粗暴で筋の通らない発言を、典型的な政治家による適切な発言であるかのように整える傾向が見られるとして、その行為をsanewashing(正気のように見せかける行為)と表現しました。これを「セインウォッシング」、または「正気の偽造」と訳して紹介している日本語の記事もあります。
sanewashingの例として、モロイ氏は8月下旬のトランプ氏のSNS投稿と、それについてのCNNの報道を取り上げています。元の投稿は、「極左民主党」、「同志カマラ・ハリス」、「いんちきジョー・バイデン」、「ABCフェイクニュース」といった、過激な表現が散見される長めの文章なのですが、CNNの記事では、「トランプ氏はハリス副大統領との討論会に参加することに同意した」という、いかにもニュースらしい表現で短くまとめています。
モロイ氏は、こうしたメディアの姿勢を、「報道として出来が悪いだけでなく、民主主義に危険を及ぼす誤情報である」と断じます。支離滅裂とした、時に危険ですらある物言や、常軌を逸した行動を市民に伝えないことで、「まともな」候補であるように見せてしまっている、というのです。報道の客観性とバランスを重視するあまり、そこにあるはずの過激さが伝わらない、ゆがんだ情報を発信してしまうことへの警鐘、とも言えるでしょう。メディアは、しっかりとしたファクトチェックを添えた上で、政治家のありのままの言葉と行動を市民に伝えるべきだとモロイ氏は主張しています。
本来の色を変えないように
sanewashingは、今の時代の報道のあり方を問う言葉ですが、翻訳者としても考えさせられる面がありました。ニュース報道とは異なりますが、翻訳もまた「伝える」仕事です。そして時には、激しい主張や過激な文章と向き合うこともあります。そういうとき、無意識にその過激さを和らげてしまってはいないか、あるべき言葉のトゲをそぎ落としてはいないか。逆に、原文の表現に比べて、訳文の語調が強くなってしまっていることはないだろうか。そんなことを考えたのです。
sanewashingの言葉の元になっているwhitewashには、壁などにしっくいを塗って白くする、という意味もあります。原文にはない何かを上塗りして本来の色を変えてしまうことのないように、どんな文章に相対しても原文に忠実に、ありのままを伝えられる翻訳者でありたいと思います。