Translators in Sustainability 伝わるコミュニケーションへの道
気候から自然、企業だけでなく都市も 科学に基づく目標(SBT)の広がりに注目

(Photo by Eva Tillmann via Unsplash)
80以上のNPO・国際機関で構成される国際アライアンスScience Based Targets Network(SBTN)は2024年9~10月、科学に基づく海洋関連目標(ocean science-based targets:海洋SBT)設定ガイダンスの第1版(v1.0)草案への意見公募を実施しました(期間:2024年9月5日~10月22日)。意見公募で寄せられたフィードバックを検討し、2025年中に第1版が公開される予定です。一般公募に併せて実施されたウェビナーの講演資料が大変分かりやすいものでしたので、それを参考にSBTの広がりについてまとめます。
気候から自然へ、企業のみから企業・都市へ対象を拡大
SBTと言えば、Science Based Targets initiative(SBTi)による気候関連の目標がまず思い浮かびますが、 SBTNはこのイニシアティブでの知見や経験、ネットワークを基盤に、気候へのインパクトから自然にもたらす全ての環境インパクトへと対象を広げ、2023年5月にSBTs for Nature(科学に基づく自然関連目標)ガイダンスの第1版(v1.0)を公開しています。またガイダンスの対象は企業だけでなく都市(cities)も含みます。
「なぜ都市?」の理由として、都市には世界の人口の半分以上が居住し、2050年にはその割合が68%にまで上昇すると予測されており、都市が環境への影響の最大の要因となるからとあります。2023年COP28と同時に開始されたNature SBTs for Cities プログラムでも、2025年春にガイダンスが公表される予定です。ターゲットとしては市長、政策決定者、ビジネスリーダーが挙げられており、官民協働を見据えた、都市ならではの自然SBTとアクションの枠組みとなりそうです。
海洋が大気、食料安全保障にもたらすインパクト
SBTNによる5つの主要アクション領域(5 key action areas)は「気候」「淡水」「生物多様性」「土地」「海洋」です。気候についてはSBTiによるガイダンスがあり、「淡水」「生物多様性」「土地」については、SBT for Nature設定ガイダンスで取り扱い、準備が進んでいます。残された「海洋」領域でのSBT設定ガイダンスの作成が後追いで進んでいる、という状況です。
- Reducing carbon emissions 二酸化炭素排出量の削減
Preserving freshwater resources and water security 淡水資源の保全と水セキュリティ
Supporting biodiversity and ecosystem services 生物多様性と生態系サービスの維持
Preserving and regenerating land systems 陸域システムの保全と再生
Securing healthy, diverse oceans 健全で生物多様性の豊かな海洋の保護
なぜ「海洋」だけが切り出されたのか? 考えられるのは、冒頭でご紹介したパブコメのプレスリリースに記載されているように、海洋が大気、食料安全保障にもたらすインパクトの規模です。もちろん、海洋が独自の生態系であることもその理由でしょう。
Covering over 70% of our planet, the ocean supports global food security and livelihoods, regulates the global climate, and produces half of the oxygen we breathe. But current pressures on the ocean’s health pose great risks to economies, communities and nature.
地球の70%以上を占める海洋は、世界の食料安全保障と人々の暮らしを支え、世界の気候を調整し、私たちが呼吸する酸素の半分を生成している。しかし現在、海洋の健全性に対する圧力は、経済、地域社会、そして自然に大きなリスクをもたらしている。
特に食料安全保障については、SBTNが提供する支援ツールのHigh Impact Commodity List(影響度の高い一次産品リスト:HICL)(Ver. 1.1、2024年)にすべての魚介類が入っています。淡水に生きる魚介類も、例えば海洋に出て数年後に生まれた川に戻って産卵するサケは、海洋の影響を受けることになります。
- Farmed seafood / Aquaculture 養殖魚介類 / 水産養殖
Wild capture seafood (saltwater) 天然魚介類(海水)
Wild capture seafood (freshwater) 天然魚介類(淡水)
HICLにある70品目には、アボガドやコーヒーカカオといった限られた地域でしか生産できないもの、石炭・石油・ガスや鉄・銅・金など埋蔵量がある地域でしか得られないエネルギー・鉱物資源があります。その一方で、広い海や水域で生きている魚介類が含まれていることは、漁業資源が大きな危機に直面している表れではないかと感じます。
来年公開の海洋SBT設定ガイダンスは、水産業に関わるすべての組織の新たなアクションにつながる重要なものであり、自然SBT設定ガイダンスと合わせてSBTの全体像が完成することになります。「気候」「淡水」「生物多様性」「土地」「海洋」領域でのアクションが活性化することを期待します。
※ 和訳はすべて筆者による仮訳