それって本当にsustainable?:パート1 sustainableを避けるべき理由

2024 / 1 / 9 | カテゴリー: | 執筆者:EcoNetworks Editor

(Photo by Ana Municio via Unsplash)

サステナビリティ関連の情報発信を担当する際、言語表現で気をつけるべきことがあります。それは、自社の取り組みや製品・サービス、実績を「sustainable(持続可能な)」と表現することで、実際のところ効果よりも悪影響の方が大きくなるという点です。しかし、幸い伝え方を工夫すれば、より正確で明確なメッセージを届けることができ、かつ一層大きなインパクトを生み出すことができます。

今回の記事では、sustainableと表現することで生じる問題や、この表現を避けた方がよい理由について考察します。また、sustainableと表現するのが適切な唯一のケースもご紹介します。またパート2では、言語表現に磨きをかけ、目標とする情報発信を通じて受け手に強いインパクトをもたらすための提案をします。

では、sustainableの何がいけないのでしょうか? 早速見ていきましょう。

理由1:何かをsustainableと表現することは基本的に間違いである

近ごろではsustainabilityやsustainableという表現が至るところで使われているので、この理由には驚く方もいるかもしれません。サステナビリティ分野の第一線で活躍する専門家や活動家も含め、これほど多くの人が間違えてしまうことがあり得るでしょうか。私はこう考えます。

「think globally, act locally(地球規模で考え、足元から行動せよ)」というフレーズを覚えているでしょうか? 私たち一人ひとりの判断がより大きな結果につながる(例えば、マイカー通勤が気候変動を進行させる)ことを認識して、マイナスの影響を軽減するために自分にできる範囲で行動を変える(マイカーの代わりに、相乗りや公共交通機関を利用する)ことを呼びかけるものです。このスローガンは、私たちが日々どのような判断をするかが、地球規模のサステナビリティにとって重要な意味を持つという考え方を的確に伝えています。一人ひとりの行動が、積もり積もって大きく全体的な変化をもたらしうる、ということです。

この考えは、組織にも当てはめることができます。一つの会社において、設計を担当する者、製造を担当する者、販売を担当する者など、それぞれの従業員が下すあらゆる判断は、組織全体にとって重要な意味を持ちます。ある業界において、それぞれの会社が下す判断についても同じことが言えるでしょう。

つまり、各々で起こす行動は必要だということです。では、それはどこまで行けば十分だと言えるのでしょうか? 「各々の行動」がどれほど積み重なれば、気候変動や種の喪失といった私たちが抱える重大な危機を解決したり、改善に向かわせたりすることができるのでしょうか? また、気候変動を食い止めるためには、サステナブルな製品やサービスがどのくらい必要なのでしょうか? サステナブルな企業、あるいは都市や国がどのくらいあればよいのでしょうか?

当然、一つではないはずです。そうだとすると、他のすべてを除いて何か一つがサステナブルである、という表現は正しいのでしょうか? 私には、これらの問いに対する答えははっきりしているように思えます。

ここで注目したいのは、sustainableは形容詞だという点です。形容詞は、その定義からして何かを修飾する品詞です。そのため、sustainableは本来、ある一点を切り出し、周りのあらゆるものから切り離して単純化させた表現(reductive)です(すべての要素を漏れなく網羅する総体的[holistic]な表現の対照)。当然、グリーンウォッシュに関連する「green(グリーンな)」、「eco-friendly(環境に優しい)」、「recyclable(リサイクル可能な)」といった表現の大半についても同じことが言えます。

何かをsustainableと表現することは、より大きな全体像に対する認識が失われるということです。自らの成果をこの表現で主張しながら、人類の未来がそれよりもずっと多くの要素に左右されるという現実に目を向けていないということになるのです。
サステナビリティの専門家や情報発信担当者が伝えようとしているのは、すべての物事が関連し合っていることなのに、sustainableは、ある意味その真逆を表す言葉と言えます。

理由2:sustainableには無数の意味がある

あらゆる事柄をグローバルサステナビリティの文脈に当てはめてみると、このsustainableという言葉は実際どれほど多くの意味を持ちうるでしょうか? 流行語の盛衰に関するこちらの記事にもあるように、ある言葉が多くの意味を持つようになるとその言葉の有用性は低下します。

例えば、「sustainable material(サステナブル原料)」という言葉一つとっても、「無害である」、「揮発性有機化合物(VOC)を出さない」、「有機材料である」、「リサイクル材を原料とする」、「リサイクル可能である」、「堆肥化できる」、「低炭素である」、「地元産である」、「動物の使用や殺処分を伴う実験が行われていない」、「サプライチェーンで奴隷労働や児童労働が行われていない」、「フェアトレードによる」……など、様々な意味を持ちうるのです。また、例えば「堆肥化できる」という大きな分類の中でも、「事業所で堆肥化できる」のか「家庭で堆肥化できる」のか「海で分解される」のかというように、より細かい区分はここには含まれていません。

sustainableという言葉は複数の利点を表す際に用いられることが多いですが、ほぼ無数の特長を表す可能性があるため、結局読者は文脈からその意味を推測しなければなりません。そして、文脈というものはそれほど確実なものではありません。一例として、自動車業界のサーキュラーエコノミーに関するこちらの記事を読んで、それぞれのsustainableが何を意味しているか分かるでしょうか。

理由3:sustainableを使うと信頼を損ねる

ありとあらゆるものが人にとって、環境にとって、あるいは経済にとって「良い」ものとして販売されている世の中を想像してみてください。何かしらの方法で社会問題の解決を約束する製品やサービスで溢れている世界。

では次に、そういう大胆で押しつけがましいメッセージとは裏腹に、地球温暖化が一向に収まらない世界を想像してみてください。森林は燃え続け、水産資源は減る一方。マイクロプラスチックは人の血液や海底でも確認され、核兵器も奴隷制度もいまだに存在する世界。
こちらの世界は、想像しやすいのではないでしょうか。なぜなら、私たちが今生きているまさにこの世界だからです。人びとが気候変動対策に悲観的で、関連組織や機関への信頼を失うのも無理はありません。

誤解しないでいただきたいのですが、私は、希望を持つことがよくないと言っているわけではありません。よりサステナブルな社会を実現するための小さな一歩は、一つひとつが重要で、賞賛に値するものです。しかし、サステナビリティを実現するための取り組みについて話すときには、誇張することなく、本当に必要な「ソリューション」が何かを認識した上で、慎重に言葉を選ぶべきなのです。

共有するビジョンの実現に向けて人びとを結集させるときこそ、sustainableを使う

サステナビリティをsustainableという形容詞で表現するとき、伝え手が意図することと矛盾する意味で伝わってしまう、というのが私の考えです。

サステナビリティは形容詞ではなく動詞として捉えられるべきでしょう。サステナビリティとは、私たちが現時点で、あるいは近い将来実現できる状態を表す言葉ではありません。つまり、願望であり理想であり、望ましくない状態から望ましい状態へと近づく移行を意味します。個人としても集合体としても、私たち一人ひとりが共有し、その実現に向けて行動しなければならないという、ビジョン、価値観、コミットメントと言えます。

極端に言えば、sustainableなものなど何もないと言い切ることもできます。なぜなら、各々が切り離され、動きのない要素の中で、サステナブルな状態は実現しえないからです。サステナビリティとは、集合体全体として前に進む動きを表す概念なのです。

sustainableという言葉を使うときには、製品の特長など成果をアピールする表現としてではなく、ビジョン、価値観、コミットメントについて伝える表現として使われていることを必ず確認してください。その上で、伝えたいことを具体的かつ現実的に説明するようにしましょう。
パート2では、本当の意味で目的に沿ったやり方で、信頼や希望を育み、私たちが必要としている行動に向けて弾みをつけられる情報発信をするための具体的な方法をご提案します。

(執筆:Stephen Jensen、和訳:山本 香)

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