救済と是正(remedy / remediation)を訳し分ける、使い分ける 

(Photo by Emmanuel Ikwuegbu via Unsplash)

昨年GRIスタンダード日本語版の制作をご支援する際、翻訳チームではさまざまな訳語の検討を行いました。その中の一つに、remedy とremediationをどう訳し分けるかという課題がありました。先日、再度それをチームメンバーと話し合うことがありましたので、改めてそのプロセスをまとめます。

多義語はその意味を分野ごとに確認する

この二つの単語はよく似ていますが、remediationは下記の通り、第一義が「改善、是正」であり、環境分野で特に用いられることが分かります。例えば環境分野では「soil remediation(土壌改善)」といった用例があります。

the process of improving something or correcting something that is wrong, especially changing or stopping damage to the environment (Oxford Learner’s Dictionary)
試訳:問題を改善したり、是正する一連の行動。特に環境へ悪影響をもたらしているものを変更する、あるいはやめること

一方remedyは、より広義に使われています。第一義は医療分野での「治療薬、治療法、医療、改善」で数多くの用例が確認できます。法律関連では「legal remedy(法的救済)」という用例があります。

a successful way of curing an illness or dealing with a problem or difficulty (Cambridge Dictionary)
試訳:病気の治療薬あるいは治療法。問題や困難な状況への対応

翻訳する資料の文脈で捉える

辞書で定義を確認した後、GRIスタンダードでどのように用いられているかをみると、remedyは、

receive / seek remedy 救済を受ける/求める

とあります。また、国連サイトや人権NGOのサイトでは「access to remedy(救済へのアクセス)」という用例が数多くみられました。つまり、remedyは人権侵害など損害を被っているライツホルダーが求めるものと捉えられており、「救済」とするのが良いとの判断となりました。

次に、remediationを用いた表現をGRIスタンダードで確認すると、

・address actual negative impacts through remediation 是正を通じて実質的なマイナスのインパクトに対処する
・in the remediation of the impacts インパクトの是正措置において

とあり、組織がマイナスのインパクトに対処する「是正措置」を意味していました。人権分野では「corrective action」とすることも多いです。これを「救済措置」とする選択肢もあるのですが、GRIスタンダードの本文では、remediationは「企業が果たすべき責任」の一環で、「救済する」というより本来あるべき状態(人権侵害などのマイナスのインパクトがない状態)に「是正する」措置、とするのが良いと判断しました。

GRIスタンダード用語集にremedy / remediation の定義が合わせて書かれています(英語版:15ページ、日本語版:5ページ)。remedyとremediationの関係性を簡潔に示すためと思われます。

企業広報やサステナビリティ報告書で使い分ける

上に述べたような捉え方で考えると、例えば企業の人権尊重の取り組みでは、損害を被っているライツホルダーの救済へのアクセスを確保し、マイナスのインパクトを是正することが求められます。マイナスのインパクトを「救済します」という表現が間違っていることは日本語では理解されやすいのですが、英語のremedyとremediationを混同していると、このような間違いが起こりやすいと思われます。

プロとしての英日翻訳は、日本語の辞書を調べる以上に、英英辞書で定義やその背景や分野を確認した上で訳語を決めることが求められます。日英翻訳では、普段はひくこともないありふれた言葉を日本語の辞書や類義語辞典で調べることが多くなります。原語での意味合いを正確に捉えるためには、必要不可欠な作業です。

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