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気候変動と人権 企業の責任は?
世界の常識となった「気候変動と人権」の関わり
2019年12月、オランダの環境NGOと886人の市民がオランダ政府に対し温室効果ガス排出削減目標の引き上げを求めて提訴し、勝利しました。その際、最高裁による判決の根拠となったのが、欧州人権条約の第2条(Right to life:生命に対する権利)と第8条(Right to private and family life:個人の生活と家庭生活に関する権利)です。
また2021年10月には、国連人権理事会が「安全でクリーンで健康的で持続的な環境へのアクセスは人権である」とする決議を採択。翌年7月には国連総会でも、賛成161、棄権8で同様の決議が採択されました。2021年には棄権とした日本も、国連総会での決議においては賛成票を投じていますが、「この権利の範囲や内容が明確ではない」と後ろ向きとも言えるコメントをしています。
一方で、「気候変動は人権問題である」という認識がすでに国際社会の常識となっていることは、歪んだレンズで見ないかぎり、誰の目にも明らかです。
気候変動と「ビジネスと人権に関する指導原則」
世界各地で毎年、気候変動によって発生する山火事や熱波により大勢の命が失われています。この夏のハワイでの大惨事は記憶に新しいでしょう。こうした影響は、日本にとっても当然「対岸の火事」ではなく、首都圏でもダム貯水率の低下が報じられました。水へのアクセスも、人権の一つです。
国連ビジネスと人権作業部会は6月、気候変動と「ビジネスと人権に関する指導原則」の関連性に関するレポート(Information Note)を発表しました。
指導原則では気候変動について直接的な言及はないものの、指導原則12で言及されている「市民的及び政治的権利に関する国際規約」と「経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約」は、指導原則が採択された2011年以降、国際環境法や気候法と整合する形で解釈されるようになっていると同レポートは説明しています。その上で、気候変動が人権に及ぼす影響に対する企業の責任は「明らか」であると指摘しています。
気候変動と人権の影響については、冒頭で以下のように説明されています。
Climate change has disastrous consequences on weather patterns, ecosystems and biodiversity. These impacts directly and indirectly affect all human rights, including the rights to life, food, health and water. The impacts of climate change also exacerbate social and economic inequalities, disproportionately affecting people already in vulnerable situations including children, Indigenous Peoples and persons with disabilities.
仮訳:気候変動は、気象パターン、生態系、生物多様性に破滅的な影響をもたらす。そうした影響は、生命、食料、健康、水に対する権利を含む、あらゆる人権に直接的・間接的に影響を与える。また、気候変動の影響は、社会・経済的な不平等を悪化させ、子どもや先住民族、障害者など、すでに脆弱な状況に置かれている人々に不均衡に影響を与える。
企業の責任と必要なアクション
冒頭でご紹介した国連総会での決議に対するコメントなどから見て取れるように、日本は国として「人権問題としての環境問題」に取り組むことに後ろ向きな印象を受けます。
企業に目を転じると、TCFDに賛同する世界の企業・機関のうち日本が30%近くを占めるなど、「気候変動が自社の財務に及ぼす影響」への認識は広まっているように思われますが、「気候変動がライツホルダーに及ぼす影響」を認識し、その上で責任を果たそうとしている企業はどれほどあるでしょうか。
ビジネスと人権作業部会のレポートの21項にあるように、企業は、気候変動に関わる人権侵害に対する自社の対応が十分であるかどうかを社外のライツホルダーが評価できるだけの十分な情報を提供する必要があります。
また、人権の文脈における「リスク」とは、「自社にとってのリスク」ではなく「ライツホルダーにとってのリスク」ですので、TCFDとはまったく別の観点でのアセスメントが求められます。
「人権問題としての環境問題」に対する自社の責任を考えるときに難しいのは、自社の関与が見えづらいことにあります。気候変動は、時間も国境も越えて、多数のアクターが行動してきた(あるいは行動してこなかった)結果の蓄積により生じているものです。ですが、「自社の関与が見えない/小さいから責任を持たない」のではなく、「見えない/小さい」からこそ、同レポート22項にあるように「Take collective action(集団で行動を起こすこと)」が不可欠です。
このレポートにはほかにも、企業に求められるアクションが指導原則に沿って解説されています。ぜひご一読ください。レポートはこちら。
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