Translators in Sustainability 伝わるコミュニケーションへの道
WPPのインパクト開示と企業コミュニケーションから学ぶ
WPPグループは、イギリス・ロンドンに本社を置く世界最大の広告代理店グループで、世界三大広告賞のひとつであるカンヌライオンズ国際クリエイティビティ・フェスティバルで数多くの賞を獲得しています。同社のSustainability Report 2021は、PwCのレポート『Excellence in ESG Reporting』でインパクト開示のベストプラクティスとして紹介されています。
インパクトをポンド換算値で開示
WPPレポートのP14-15では、以下の経済、社会、環境へのインパクトを金銭的価値(ポンド)で開示しています。PwCレポート(P18)では、「WPPは、自社の事業が経済、社会、環境にもたらすインパクトについて、詳細な情報を提供しています。それぞれの詳細な説明と、WPPにとってのこれらの問題の重要性が明確に伝えられていることに好感を持ちました。さらに、WPPがこれらの影響を定量化し、金銭的価値に換算していることもよいと思います」と評価されています。
経済へのインパクト
・事業が世界経済にもたらした直接的貢献
・納税による国や自治体政府への貢献
・賃金・福利厚生の支払いを通じた雇用主としての貢献
・提携サプライヤーへの支払いを通じた貢献
社会へのインパクト
・米国で女性や少数民族グループの人々が経営する企業からの調達に対する支払い
・寄付やプロボノを通じた貢献、慈善活動への無料のメディア空間の提供
・インターン・実習プログラムの実施による若年層雇用の創出
・スタッフのキャリア強化とWPP社のパフォーマンス向上に向けた研修・教育費
環境へのインパクト
・スコープ1、2排出量および飛行機での移動によるGHG排出量が社会にもたらす損失
・リサイクルできない廃棄物が社会にもたらす損失
ポンド換算値で開示することで、事業規模といった財務データと環境・社会面のインパクトという非財務データをポンドという同じものさしで比較できます。また、環境・社会への取り組みを業務に組み込みやすくなるという効果もありそうです。
そのほか、WPPが diverse suppliersと呼ぶ、女性や少数民族グループの人々が経営するサプライヤー企業への支払いを社会へのインパクトに分類し、提携サプライヤーへの支払い(経済へのインパクト)と分けているのは、興味深いです。また、慈善活動の広告を無料とする取り組みは広告業界ならではで、この社会貢献を数値として算出し開示することで、同業他社への波及効果も見据えているように思われました。環境へのインパクトは、明確にネガティブインパクトのアイコンを使用している点もフェアで、好印象です。
PwCのレポートによれば、このように具体的に自社の事業活動が社会や環境にもたらすインパクトを開示しているのは、FTSE100企業の5%に過ぎません。このような開示を行うには、データ収集・記録・集計、算出方法の確立など多くの労力と費用、また第三者機関による保証の取得が必要ですが、今後この割合は増えていくと思われます。具体的なインパクト開示は、自社の社会・環境面の影響を包括的に認識していることを明解に読者に伝えることができ、サステナブルな事業活動を志向する際にも判断基準が明確になるからです。
ストーリー性のある記事とのバランス
WPPのレポート全体をみると、ストーリー性のある記事がバランスよく配置されています。レポートの冒頭、最高経営責任者のメッセージよりも前に「Ukraine: our response」と題し、ウクライナを拠点とする従業員200名への対応を記載しています。
また各章の冒頭にある、写真を大きく使った記事が目を引きます。例えば、People章のP17では、両腕の肘から下の部分を失った男性(ボクサーでもある理容師)がデオドラント商品「Deodrant Inclusive」を使っている写真を背景に、4段落で簡潔に商品開発の概要やその意義が述べられています。広告の表示回数20億回以上、1週間のオーガニックインプレッション(通常アカウントのツイートやリツイートを自然に見た人の数)72,000、といった数値や受賞内容も記載されています。
この特集記事の構成要素、ページデザインは各章とも一貫していて、読者にとってわかりやすく、安心感があります。
比較可能性、客観性を実現できるデータ開示と、自社の視点や考え方を伝えるうえで効果的なストーリー性のある記事。ロジカル vs. エモーショナルとも言えるこの二つの要素を、60ページとコンパクトなページ数で実現したこのレポートは、企業のコミュニケーションツールとしても優良事例です。
※記事内のレポートに関する和文は執筆者試訳です。
こちらの記事もあわせてご覧ください。
消費者のエシカルな選択を後押し ロレアルの環境インパクトスコア
「障害OR障がい?」社会が言葉を変え、言葉が社会を変える
Photo by Jason Leung on Unsplash