TNFDの枠組みが目指す移行

2022 / 9 / 4 | カテゴリー: | 執筆者:二口 芳彗子 Kazuko Futakuchi

2021年6月、民間企業や金融機関が、自然資本・生物多様性に関するリスクや機会を適切に評価し、開示するための枠組みを構築する国際的な組織として、自然関連財務情報開示タスクフォース(Taskforce on Nature-related Financial Disclosures、TNFD)が立ち上がりました。

2022年3月公表のベータ版 v0.1に続き、6月に『The TNFD Nature-related Risk & Opportunity Management and Disclosure Framework (Beta v0.2)』が公開され、オープンイノベーションの手法で、枠組みのパイロット版を市場関係者などのステークホルダーが試験的に利用しています。そして、利用者からのフィードバックを検討しながら、TNFDは今年11月、そして2023年2月にv0.3、v0.4を公開し、2023年9月にTNFD提言(v1.0)を確定する予定です。

「ネイチャーポジティブ」 定義されていない言葉

実は今年初めてTNFDについての文章を翻訳する機会があり、そのキーワード「nature positive」を訳す必要がありました。いつものように定義を探すと、TNFDのFAQsに以下の通り記載されているのを見つけました。

The term nature-positive is not yet well defined or understood in a consistent manner. Nature-positive is defined in this beta version of the framework as a high-level goal and concept describing a future state of nature (including biodiversity, ecosystem services and natural capital) which is greater than the current state.
試訳:ネイチャーポジティブという言葉は、まだ十分に定義されておらず、一貫した方法で理解されているわけではない。枠組みのベータ版では「ネイチャーポジティブ」を、現状よりも改善された将来の自然の状態(生物多様性、生態系サービス、自然資本など)を表す大枠の目標や概念として定義している。

環境省の関連サイトでも「ネイチャーポジティブ」とカタカナのままで、特に説明もありません。TNFDとしての定義がまだ定まっていないことをクライアントに伝え、環境省と同じ表記とするようご提案しました。

目標よりも言葉が先行することへの戸惑い

サステナビリティ関連の翻訳に携わるものとしての極めて個人的な印象を率直に言うと、カーボンニュートラル、カーボンネガティブ*という言葉に注目が集まる中で、気候変動だけでなく自然生態系を投資や企業経営の意思決定に組み込むためのキーワードが必要になり、「ネイチャーポジティブ」という言葉がポンと生み出された感があります。

気候変動対策では、2015年のパリCOPで採択されたパリ協定での、気温上昇を抑えるための2℃目標、1.5℃目標と同時進行で言葉が生まれたのに対し、具体的な数値目標や基準年などがないまま、言葉だけが先行している。そんな状態に訳者としても戸惑いを感じます。

しかし、ベータ版v0.2を読んで、自然環境の現状改善には非常に多くの、それも複雑に影響し合っている要因があり、目標の設定や優先順位付けが難しいからでは、と思ったのです。v0.2版の付録2に、組織が企業経営の意思決定の検討材料とするためのAssessment Metrics(分析のための測定基準)として、現在利用されている3,000を超える基準から選択した基準が並んでいます。そこに住む生物も含めて地球そのものを考えている枠組みのため、気候関連の基準も多く含まれています。

枠組みが目指す移行とは

TNFDの枠組みが目指しているのは「supporting a shift in global financial flows away from nature-negative outcomes and toward nature-positive outcomes」であると、TNFDは繰り返し述べています。「outcomes」を修飾する言葉として「nature-negative / nature-positive」が使われていることに着目し、今年1月に改訂された『国際統合報告フレームワーク』を踏まえて訳すと、「世界の資金の流れを、自然環境を損なうという結果から、自然環境の価値を創造するという結果へと移行させることへの支援」となります。

自然資源を消費しなければ、私たち人間を含めて生物は生きていけないのですから、自然環境の価値創造そのものを事業とすることが志向される、そんな社会をTNFDは思い描いているようにも思います。少なくとも、自然環境を損なう活動になっていないかという視点で、組織は自らの事業や取り組みを再検討する必要があります。

明確な定義や一貫した理解を得ないままの「ネイチャーポジティブ」という言葉は、提言が確定する一年後、この大きな移行を具体的に示す例とともに語られることを期待します。

* カーボンネガティブ:CO2排出量よりも吸収するCO2量が多いことを表す。

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Photo by Jonatan Pie on Unsplash

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