申し送りの徹底は翻訳に必要なコミュニケーション

企業のサステナビリティ部門の方向けの勉強会で、現在取引されている翻訳会社との連携を強化するうえでおすすめしていることのひとつに、申し送りの徹底があります。サステナビリティレポートなどは複数の部署が訳文をチェックすることも多いので、どのような根拠に基づいてその訳になっているのか、翻訳会社から申し送りがあれば、チェックも効率よく進むからです。

また、翻訳チーム内の話で言うと、優秀な翻訳者さんは申し送りが非常に的を得ていて、チェッカーやクライアント対応の担当者にとって、とても心強いメンバーです。当社の翻訳トレーニング講座でも、訳文提出時にどのようなことをどのように申し送りすべきか、講師からお伝えしています。

ただ多ければよいというものではないのが、申し送りの難しさです。今回は、翻訳の品質管理者の視点でポイントをまとめてご紹介します。

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<基本の申し送り事項>

以下の3つは翻訳で必ず必要な情報であり、当社から担当の翻訳者さんに必ずお願いしていることでもあります。

1.名称の訳語のエビデンス

組織(国際機関や会議、政府機関、企業など)の名称、またそれらの組織が公表している文書や各種方針の名称の訳が、正式なものであることを示すためです。組織の公式ウェブサイトや、文書のリンク先のURLだけで十分です。過年度のレポートで確認した場合は、レポートのURLと掲載ページを申し送りします。

名称の定訳がなければ仮訳である旨を申し送り

ところが、必ずしも正式名称が見つからない場合があります。その際は原文に沿って訳し、仮訳であると明記し、カッコ書きで原文を併記するのが当社の標準ルールになっています。私たちが見つけられていないだけで、クライアントがご存じのこともありますので、確認をお願いします。

3.解釈に不明点があった場合の申し送り

日本語は主語がなくても文が成立してしまいますので、取り組みの主体がわからない、英日翻訳では代名詞が何を指すのかわからない、といったことがあります。前後の文脈から推察したとしても、それで合っているのかクライアントに確認をお願いします。

<応用編>

4.複数の解釈ができる場合、それに応じた訳文代案の提案

クライアントに再確認してから訳を確定していてはそれだけ時間がかかりますので、この解釈の場合はこうなります、と考えられる解釈に合わせた訳文を申し送りします。そのほか、見出しは直訳の場合の訳と簡潔な案、さらにキャッチーな案をご提案することもあり、クライアントの意図や好みに合ったものを選んでいただけるようにします。

5.明らかに事実と異なる記載があった場合の申し送りとエビデンス

ごくまれにですが、翻訳プロセスで出典を確認する中で、例えば数値や実施年など、明らかに原文が事実と異なっている場合があります。その際は、参考資料のページ数や記載内容をご連絡して、執筆者に確認いただきます。

6.必要に応じて原文の申し送りを残す

サステナビリティの最新動向を踏まえた表現や、より文脈に適切な用語があれば、原文に関してもご提案することがあります。無意識の偏見(アンコンシャスバイアス)と読み取られる恐れのある表現の改善や、「循環型社会」は「サーキュラーエコノミー」とするなどが一例です。

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申し送りは、執筆者と翻訳者の理解のギャップを埋めるうえで必要なコミュニケーションです。私たちは、第三者が読んだときにすっと理解できるかを念頭に訳出したいと考えますので、その目標に向けて、執筆者の方にもご協力をお願いするプロセスとも言えます。「できるだけ多くの方に読んでもらいたい」。そう願っているのは他でもない執筆者(クライアント)です。その熱意を訳文でも伝えられることを、私たちは目指しています。

Photo by Jason Leung on Unsplash

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