Black 大文字のBにする決断

2020 / 8 / 3 | 執筆者:二口 芳彗子 Kazuko Futakuchi

AP通信は米国の奴隷解放記念日である6月19日、人種、民族、文化に関する文脈で黒人を表す場合、一文字めを大文字にして Black と表記するように同社のスタイルガイドを変更したと発表しました。昨今激しい議論が展開されている問題を重視しての変更とあり、また同時に、先住民族を意味する Indigenous も大文字の I で始めるとしています。

AP通信の標準規格副社長ジョン・ダニスゼウスキ氏は同日のブログで、「黒人を自認する人々の間での、歴史やアイデンティティ、コミュニティに関する、重要かつ共通する意識を伝えるため」とし、blackと小文字の b で始まる場合は、色合いを表すことになります。

これまですでに Latin American(ラテン系米国人)、Asian American(アジア系米国人)、Native American(アメリカ先住民)は大文字で始める表記が浸透しています。それに足並みをそろえる意味合いもあります。

一方で、白人を表す場合は white を大文字で始めるべきだという声もあります。AP通信は7月21日、この件について検討し専門家とも協議した結果、現時点では大文字にしないとの方針を発表しました。白人は同一の歴史や文化、肌の色による差別を経験していないこと、AP通信は世界規模の報道機関であり、世界でどのような人々を含めて考えるのかに意見の相違やあいまいさ、混乱があるため、としています。

また、白人の肌の色が構造的な不平等や不正行為に関わっていることも認め、報道機関としてこの問題をしっかりと探求したいと考える一方、白人至上主義者と同様に大文字のWで始めるのは、暗に彼らの信念を妥当だとすると捉えられるリスクがある、と慎重な態度をとっています。

日本では、本日の朝日新聞朝刊に、働き手にとって問題のある会社を「ブラック企業」と呼ぶことに異論が出ている、との記事がありました。悪質な職場を分かりやすく共有・追及する上で役割を果たしてきた言葉だが、黒人などから不快に受け止める声が上がっており、意図はなくても差別を助長しかねないとの指摘も出ている、と述べます。この用語をキーワードに労働環境や労働条件の改善に取り組んできた団体もあり、2013年には流行語大賞トップ10にも入っています。

私自身、ハッとしました。日本語の意味を表すには、単純に black とはできず、exploitative companies(搾取する企業)のように表現する必要があるからです。

人種や差別についての議論が活発に続いている今日、それでは実際に書く立場に立った時どうするか。考えるうえでAP通信の人種関連の報道へのガイダンスは、示唆を与えてくれます。

Reporting and writing about issues involving race calls for thoughtful consideration, precise language, and an openness to discussions with others of diverse backgrounds about how to frame coverage or what language is most appropriate, accurate and fair.
人種にまつわる課題について報告したり執筆する際には、報道をどのように構成し、どのような言葉が最も適切で、正確、公正であるか、十分に考えたうえで配慮し、明瞭な言葉で、さまざまな経歴・生い立ちの人々とオープンに議論する姿勢が必要である。(試訳)

ダニスゼウスキ氏のブログには、2年以上にわたり調査し社員や思想家と議論した結果、この決定に至ったとあり、ブログの最後で意見を募集しています。社会問題について粘り強く議論したいと訴えると同時に、必要であれば訂正をいとわない、ジャーナリストとして誠実な姿勢に共感しました。この課題にまつわる翻訳でも、クライアントやチーム内で議論しながら、最も適切で、正確、公正な言葉を選んでいきたいと考えます。

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参考:「ブラック企業」呼び方に異論 「黒=悪」、差別に使われてきた経緯(2020年8月3日、朝日新聞)
www.asahi.com/articles/DA3S14572386.html

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