Translators in Sustainability 伝わるコミュニケーションへの道
1人でもthey areでOK AP通信が新ルール
米国AP通信は、その最新のスタイルブックで性的に中立な単数形代名詞として they を使用することを認めました。
AP通信によると17年度版の同書では性的少数者を表す際には he や she ではなく名前や職業を用い、他に言い換えられない時のみ they を使うとする。続く be 動詞は三人称複数と同じ「they are」とし、文脈で誤解のないようにする。(毎日新聞2017年5月18日より)
このニュースを知った時、「これで翻訳が楽になるかも」と単純に考えました。というのも、これまで日本語原稿に性別に関する情報がない場合は、長くなってしまうものの、he or she とする必要があったからです。(もちろん、確認できる場合は he/she どちらかにしてきたのですが。)
しかしAP通信のメディア広報ディレクターのローレン・イーストン氏の投稿を見ると、それほど単純ではなさそうです。
当人が男性/女性としてのアイデンティティを持たない、あるいはhe/sheを使わないことを希望する記事では、
・代名詞の代わりに名前を使用したり、可能な限り言い換えること
例:a person(ある人)、the victim(被害者)、the winner(勝者)
・三人称単数の代名詞として theyを使う場合は本人の希望によりと説明すること
・その際、 2人以上を意味しないように表現に注意すること
と、いくつか条件があります。
さらに、使用はあくまで限定的、代替表現があまりにも違和感がありぎこちない場合のみ。その理由として、多くの読者にとって、単数形のTheyは馴染みがないため、とあります。
メディアは、社会の最新動向を常に追いかける立場ですが、読者と同じ視線で物事をとらえることも必要です。読者の共感を呼び、社会の課題が読者自らの問題となれば、社会を変える動きにつながる可能性が広がります。AP通信の慎重な姿勢も、文字通り仲介者(media)としての自らの役割をしっかりと認識しているからでしょう。
さて、翻訳ではどうするか?
英文では、基本的にこれまで通り、しかし文脈によっては、このAP通信のスタイルブックのルールを紹介し、単数形の they を使用するかどうか、お客様と相談していきたいと思います。
和文は、「彼/彼女(ら)」と訳出するとかえって直訳調でぎこちない場合も多いため、これまでも文脈で伝えたり、「その~/本人/自ら」のように言い換えてきました。今後は、さらにそのような対応を意識的に行うことになるでしょう。
上で紹介したイーストン氏の投稿に「Clarity is a top priority./明瞭であることが最優先する。」とあります。翻訳でもそれは変わりません。その上でより中立な表現を選択していきます。