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樋口 利紀さん Toshiki Higuchi
構造的な不平等解消に向けて、「守り」から「攻め」の人権経営へ
人権の専門家として、企業の課題に寄り添う伴走型の支援サービスを提供する樋口利紀さん。現在の仕事内容や今後の展望、エコネットワークス(ENW)との連携についてお聞きしました。
樋口 利紀
学生時代にパレスチナの難民キャンプを訪れたことを機に、社会の構造的不平等に取り組むことのできるキャリアを目指す。ロンドン大学国際人権法修士課程、国連インターン、アムネスティ・インターナショナル、PwCコンサルティングなどを経て、2024年4月に独立し、合同会社継青堂を設立。同時期に、エコネットワークスに参画。
社会的価値と経済的価値を両立するビジネスモデルをつくる
―これまでのキャリアや起業に至るまでの経緯を教えてください。
大学卒業後は、国連インターン、外務省外郭団体の難民支援事業、大学院留学を経て、国際人権NGOのアムネスティ・インターナショナルに就職し、国内外の人権課題の調査分析、社会的インパクト実現に向けた戦略・計画策定、実施評価・報告などに携わりました。100%社会のため・人のために行う活動にやりがいを感じる一方、その活動自体では収益を上げることが難しい状況に「寄付や助成金が途絶えてしまったら、目の前で困っている人たちを助けられなくなる」と次第に限界を感じるようになりました。
こうした思いから、社会に貢献しながら収益を上げる事業を目指すようになり、NGO業界からビジネスの世界に身を移しました。ビジネスを通じた社会の課題解決や企業の変革支援も手がけるPwCコンサルティングで働いた後、2024年4月に合同会社継青堂を設立し、社会的価値と経済的価値を両立するビジネスモデルの構築に取り組んでいます。自社はもちろんのこと、これまで培ってきた知識や経験を活かして他社のこうした取り組みをご支援することで、より大きな社会的インパクトの創造を目指しています。
―人権の領域に関心を抱くようになったきっかけは何だったのでしょうか。
中学生のときに英語を好きになったことに始まり、高校では貧困や紛争といった国際問題に関心を抱くようになりました。大学で国際関係学を専攻し、その一環としてパレスチナの難民キャンプを訪れたのが人生の転機となりました。教科書などで学びわかったつもりになっていた現状が、想像に過ぎなかったと気づかされた瞬間でした。実際に現地で、肌で感じたこと、そこで暮らし働く人々から見聞きしたことは、今でも自分の中に色濃く残っています。あのとき、あの瞬間から社会の構造的不平等を強く意識するようになり、それを解消するために、自分に何ができるかを考えながら行動するようになりました。
―それが樋口さんの人生やキャリアの軸になっているのですね。
私(継青堂)は、パーパスに「あらゆる人と組織の社会的インパクト創造を加速する。」を掲げています。複雑多様化した現代の社会課題の解決に向け、あらゆる人と組織が生み出す社会の変化、つまり、「社会的インパクト」の創造を加速することが、私の存在意義であり、社会的使命だと考えています。また、社会的インパクト創造の礎として、「コレクティブ・インパクト」「社会システム思考」「セオリー・オブ・チェンジ」「国際人権基準」「共通価値創造」の5つの価値観を大切にしています。

(出典:合同会社継青堂ウェブサイトより)
若手の社会起業家と企業をつなぐ
―パーパスの実現に向けて、具体的にはどのような活動をしていますか。
企業を対象に、サプライチェーン上の人権リスク調査や、人権経営アドバイザリー、「ビジネスと人権」に関する研修などを実施しています。現在、ご支援する日本企業の多くが取り組んでいる人権リスクの特定や軽減に向けた活動は、自社のビジネスを展開する上で他者の権利を侵害しないことを目指す「守り」の人権経営だといえます。将来的には、そこからさらに一歩進んで従来社会から取り残されてきた人々を含むあらゆる人たちの公平性を確保して、包摂する仕組みをつくっていくような「攻め」の人権経営をご支援していきたいと考えています。
その好例として注目しているのが、主に知的障害のある作家とライセンス契約をし、衣服などの製造販売や、企業とのコラボレーションによるアートイベントの展開などを手がけるヘラルボニーさんです。同社のようなレスポンシブル・ビジネス1を若手世代とつくっていくことを短期的な目標の一つに定めており、現在はその準備段階にあります。大学生から、「アイデアはあるが、リソースや販路の確保で行き詰まる」という声をよく聞くため、こうした若手の社会起業家と企業をつなぐプラットフォームを構築し、次世代が社会にとって良いと考える事業の実現を後押ししたいです。京都、特に京都市は人口に占める学生の割合が約1割と全国の大都市で最も高いため、それもあって起業とともにUターン移住しました。
1. 社会課題の解決への貢献と自社のビジネスを両立させるための取り組み
―実現したい未来に向けて、一歩一歩着実に進んでいるのですね。
この(人権)領域で働いていると、目の前に困っている人がいたらすぐに手を差し伸べたくなってしまうのですが、直感的思考ではなく、論理的に考え動くことが大切だとこれまでの経験から学びました。そうした背景から、「社会システム思考」や「セオリー・オブ・チェンジ」といった価値観を大切にしています。目の前に見える事象だけに着目せず、複雑に絡み合う社会課題の因果関係を把握し、ゴールから逆算して論理的に取り組むことを重視しています。
こうした手法は、「攻め」の人権経営にシフトする際に有効なスキームです。前述のとおり、攻めの人権に関しては現状あまりニーズがないため、まずは「ビジネスと人権」の領域で企業の課題に伴走し、理解と信頼を築くことが第一歩だと考えています。将来的には、そこで得た人脈や知見を活かして、様々な個人や組織と連携して「攻め」の人権経営のビジネスモデルを構築し、社会的インパクトの創造を加速させていきたいです。
人権DD支援から啓発コンテンツ制作まで 組織の変革に伴走
―ENWとも、昨年からご一緒していただいています。
ありたい姿の実現には、一人では限界があり、補い合えるパートナーシップが不可欠です。ENWはサステナビリティの領域で20年以上の経験と実績があり、クライアントとの信頼関係も厚いため、現在はそのネットワークを活かして様々な企業において、人権施策や人権デュー・ディリジェンス(DD)実践のご支援を共に行っています。
その中でも特に印象に残っているのが、アミューズメントパーク経営などを行うサービス企業さまからご依頼のあった「お客様窓口における人権リスク・対応策の分析」の支援です。年間2万件近く寄せられた意見を国際基準に基づいて分析し、人権リスクを評価するプロジェクトです。分析の結果、障害のあるお客様に関する潜在的な人権リスクなどが特定されたため、それらの人権リスクの予防・軽減策を同社と一緒に検討しました。このプロジェクトは、同社のアミューズメントパーク内での合理的配慮や、従業員に対する研修ハンドブックといった取り組み推進に貢献していて、とてもやりがいを感じています。ENWはSocial Connection for Human Rights(SCHR)とも協業しているため、この案件をはじめ人権領域の様々な取り組みにおいて、同団体のメンバーと連携しながらより専門性の高いサービスを提供しています。
―ENWは「Foster Team Sustainability together, everywhere.」というパーパスを掲げ、サステナブルな社会の実現に向けて意思のある人たちとつながり、変化の波を起こそうとしています。樋口さんが、目指している方向性と重なる部分がありますね。

ENWのパーパス
サステナブルな社会の実現を事業の軸に据えている点や、組織の垣根を越えて連携し社会課題を解決していこうというアプローチは、大きな共通点です。一人では到達できない相手にも、ENWとならリーチできるかもしれないと希望をもてます。今後は、さらに連携を強化し、調査やアドバイザリー、人権DDの支援から、情報開示支援、従業員啓発の企画・コンテンツ制作、社内研修までワンストップで提供できる体制をつくり、変革を目指す組織に伴走していきたいと考えています。
例えば、人権週間に向けたキャンペーンの企画立案やコンテンツ制作なども、その一つです。サプライチェーン上の人権リスクとして挙げられる「児童労働」は、言葉としては認識され始めていますが、日本企業の多くは実情を想像しづらいのではないでしょうか。これは、私自身がまさにパレスチナの難民キャンプを訪れた際に痛感したことでもあります。それを解決する一手として、企業が実際に影響を与えている当事者の声を届けるコンテンツをENWと共に制作してみたいです。疑似体験を通じて、人権問題を自分ごと化する人が増えれば、「チーム・サステナビリティ」の輪も広がるはずです。本気で取り組む人が増え、「攻め」の人権経営が進むことで、課題解決に向けた動きが加速することを願っています。
(取材日:2025/4/22)