/ 翻訳者

小野寺 春香さん Haruka Onodera

翻訳を通じて、持続可能な社会づくりの一助になりたい

翻訳者として、国際機関やNGOなどの報告書をはじめ様々なサステナビリティ関連文書の和訳を手がける小野寺春香さん。これまでのキャリアやエコネットワークス(ENW)での仕事、これからについてお聞きしました。


小野寺 春香
フリーランスの翻訳者。銀行、メーカーで仕事をした後、2005年に翻訳者として独立。同時期にエコネットワークスに参画し、環境や難民・避難民に関する報告書などサステナビリティ分野の翻訳に携わる。


「ワクワク」を仕事に 翻訳者として独立

―これまでのキャリアやENWとの出会いについて教えてください。

最初に就職した銀行では、国際関係部門で為替や海外投資関係の情報をまとめる業務に携わり、その後メーカーの法務部門で製品の意匠権に関する仕事を担当しました。特に、メーカーでの仕事は全面的に任せてもらえたこともあり、やりがいはありました。ただ、心の奥底にはいつも「自分の好きなことを仕事にしたい」という気持ちがあったように思います。エンジニアとして自分のやりたいことを軸に働いている夫の影響もあり、私も「心からワクワクする仕事をしたい」「手に職をつけたい」といつしか願うようになったのです。昔から英字新聞や雑誌を読むのが好きだったことや、翻訳者として働いていた友人の勧めもあって、思い切って翻訳スクールに通い始めたのが、人生の転機となりました。

そのスクールのクラスメートの紹介で参加した環境分野の翻訳を学ぶオンライン勉強会を主宰していたのが、ENWの設立者である枝廣淳子さんだったのです。その後、枝廣さんが配信する「環境メールニュース」に掲載する記事やレポートを翻訳するボランティアチームに参加。他のメンバーと共に翻訳を仕上げていく中で、環境分野の専門用語、翻訳スキルといった基礎知識を身に付けていきました。枝廣さんが運営していたNGO「Japan for Sustainability(JFS)」のパートナー組織として設立されたのがENWだったため、自然とご一緒するようになり今に至ります。

―現在のように気候変動や脱炭素が声高に叫ばれる前から、環境の分野に携わってこられたのですね。

当時は「Sustainability(サステナビリティ)」という言葉が社会に浸透していなかったため、どう訳そうか仲間とさんざん話し合ったのを今でも覚えています。あの頃は、環境分野の翻訳をやっていると周囲に話しても反応が鈍かったのですが、枝廣さんが訳を担当された「不都合な真実」(アル・ゴア元米国副大統領が環境問題の知られざる真実を伝えた書籍)が発売されて流れが変わりました。本書によって同分野に対する社会の関心が高まると同時に、ENWへのご依頼もいっきに増えました。チームの一員として本書の下訳に携われたことは、今の私にとって大きな財産となっています。

「言語の専門性」と「AI」の融和で価値ある翻訳を追求

趣味のピアノの前での一コマ。「ピアノと翻訳は、難しいのに楽しいところが似ています」と語る小野寺さん。

―現在、ENWではどんな仕事を担当されているのですか。

GRI(Global Reporting Initiative)スタンダードや、UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)などの国際機関やNGOが発行している報告書の和訳を担当しています。UNHCRについては、ENWでご支援する前から、個人的にボランティアで翻訳の仕事をしていました。「現場主義」を大切にされていた元国連難民高等弁務官の緒方貞子さんが、防弾チョッキにヘルメット姿で厳戒態勢のサラエボ空港に降り立った姿に感銘を受け、「私にも何かできることはないか」と翻訳者として独立してから数年後に連絡を取ってみたのです。「同じ国に住む民族同士がなぜ争わなければならないのか」という問題意識が昔からあり、そうしたことが原因で故郷を追われる人々に対して、自分にできることをずっと探していたように思います。私の訳した報告書が、多くの人の心を動かしUNHCRへの寄付が増えますように、難民・避難民の方々を救う一助になりますようにと願いながら取り組んでいます。

―原文に込められた思いや、それを読んだ方にどんな行動を起こしてもらいたいかまで考えて、一つひとつ丁寧に翻訳されていることが伝わってきます。一方、昨今では生成AIの進化がめざましく、圧倒的なスピードで作業効率を上げる機械翻訳の普及により翻訳者への仕事の依頼が減るかもしれないといわれています。

スピードでは、AIには到底かないません。けれど、人間にしかできないことは必ずあります。例えば、AIの作成する文章は文体やリズム、流れといった観点ではまだ不自然なものが多い印象です。文体やリズムは、読みやすく美しい文章に仕上げるために、こだわり続けていきたい部分ですね。また、書き手や読み手の視点に立って、文体や言葉を選ぶ楽しさも翻訳の醍醐味なので、大切にしていきたいです。一方、翻訳に調べものはつきものなので、私自身はそうした側面からAIを活用し始めています。「翻訳の楽しさ」と「AI活用」の融和を模索しながら、より価値のある翻訳を提供し続けていきたいです。

翻訳の幅を広げ、伝わる発信で社会の変化を後押し

―そのために、今後さらに高めていきたい専門性やスキルはありますか。

「言葉の真意をくみ取る力」や「伝える力」をもっと磨いて、翻訳の幅を広げていきたいです。ENWでは通常、翻訳者とチェッカーがチームを組み、お互いに意見交換しながら最良の成果物を目指して切磋琢磨しています。このプロセスを通じて、チェッカーさんからフィードバックを受ける際に、「これをこう解釈するんだ!」と気づきをもらえることが多いのです。学びになりますが、同時に力不足も痛感します。「英語を読む力」を付けるために、英字新聞を読んだり、他の翻訳者さんが訳した報告書の原文と和文を照らし合わせて勉強したりしています。

「伝える力」に関しては、表現の幅を広げられるよう新聞や本を読んでいて良い言葉を見つけたらメモを取るようにしています。ただ、「知っている言葉」と「使える言葉」は違うので、実際のプロジェクトを通じて実践を積んでいきたいと考えています。昨年、コンテンツ事業に携わるライターさんと組み、グローバルな衛生課題に関する報告書の和訳を担当したのですが、そこでの学びがとても大きかったように感じます。

翻訳者としては、これまで原文に忠実に、情報を足したり引いたりしないことを原則としてきました。一方、ご一緒したライターさんは、いったん和訳した文章を構成し直し、情報を補足したり削ったりしながら日本語としてより自然で魅力的な文章に仕上げていました。原文とライターさんの間に、翻訳者が入り正確性を担保した上で、より良い日本語に仕上げる。これは、異なる専門性を持つパートナー同士がチームとして取り組むからこそ、生まれる価値だと感じています。同時に、この経験は翻訳者としての自分のあり方を見直す良い機会にもなりました。原文に忠実に的確に表現する必要がある文書から、トップメッセージのように意訳の度合いが高い翻訳が求められる案件まで、すべてに対応できる表現力を付けることが、今の目標です。

―ENWは「Foster Team Sustainability together, everywhere.」というパーパスを掲げ、サステナブルな社会の実現に向けて意思のある人たちとつながり、変化の波を起こそうとしています。小野寺さんのこうした取り組みが、ENWのパーパスの実現にどうつながっていくと思いますか。

purpose

ENWのパーパス

翻訳を通じて、脱炭素化をはじめとする持続可能な社会づくりの一助になることが、私の存在意義(Myパーパス)だと感じています。他の事業との横断的なプロジェクトにも積極的に参加して翻訳の幅を広げていくことで、伝わる発信によって、持続可能な社会の実現に向けたクライアントや社会の変化を後押しできたらうれしいです。

また、領域としては、グローバルな衛生課題について、もっと学びを深めたいと考えています。前述の報告書の翻訳を通じて、衛生的なトイレが一つ整備されるだけで救われる命があることを知りました。人々が健康的で尊厳のある暮らしを送るために必要不可欠なインフラが整っていない国や地域の環境を改善していこうとする世界的な動きに、翻訳者として携わっていきたいです。

取材日:2025/7/7

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