Sustainability Frontline サステナビリティをカタチに
【開示研究100選】変わる生物多様性レポート―開示フレームワーク統合の時代へ

(Photo by Mohamed_hassan via pixabay)
全企業の経営課題としての生物多様性
経済活動は、生物多様性に大きく依存しており、世界GDPの半分以上にあたる44兆米ドル(約6,900兆円)もの経済価値が、自然消失リスクに晒されています*¹。建設・農業・食品だけでなく、化学・観光・不動産・鉱業・運輸・小売など、一見自然との関わりが薄い産業もサプライチェーンを通じて自然に依存しており、生物多様性は今やすべての企業に関わる経営課題となっています。
企業の開示においては気候変動が先行してきましたが、近年は自然・生物多様性に関する開示が急速に進展しており、国際的な開示フレームワークの統合に向けた動きが加速しています。
TNFDからISSBへ 自然関連開示の移行
2025年11月、国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)は、自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)の枠組みを基礎とする自然関連開示基準の策定開始を発表し、2026年10月までに公開草案を公表する予定としました*²。これを受け、TNFDも2026年10月以降は新たなガイダンス策定を停止し、ISSBの策定作業を支援する方針を示しています。
この移行が意味するところは以下の3つです。
- ・自然開示基準が、ISSB基準の気候開示(IFRS S2)と並ぶ柱となる
- ・任意の基準からグローバルベースラインとなる
- ・投資家にとっての比較可能性が向上する
企業にとってTNFDへの対応は、「先進的な取り組み」の段階を超え、気候変動対応と同様、基本要件となっていきます。
TNFD・GRI・SBTNが描く共通の地図
この動きに続き、TNFD・Global Reporting Initiative(GRI)・Science Based Targets Network(SBTN)の間でも、整合性を高める取り組みが進んでいます。2026年4月、3者は共同ディスカッション・ペーパー*³を公表し、市場関係者に対し、「生態系の状態」と「種の絶滅リスク」を暫定的な指標から主要指標に格上げする案を示しました。
現状、3者は競合するものではなく、相互補完的な関係にあります。
- SBTN:科学に基づく目標設定(Set targets)
- TNFD:リスク・機会の評価と開示(Assess & disclose)
- GRI:影響の測定と報告(Measure & report impacts)
3者は、フレームワーク間で一貫性のある測定手法を確立し、以下の4つの軸を通じて、実務プロセスを支える共通基盤となることを目指しています。
- 評価:TNFDのLEAPアプローチによる優先地域の特定と評価
- 開示:TNFDの推奨項目に基づく開示、GRI 101の新基準に沿った開示
- 移行計画:昆明・モントリオール生物多様性枠組(KMGBF)が目指すネイチャーポジティブへの移行
- 目標設定:SBTNによる科学的根拠に基づく目標策定
統合的アプローチの先進事例 ― Enel
GRIは、複数の枠組みを統合したアプローチの先進事例として、自然エネルギー企業・Enelを挙げています*⁴。同社は、主要事業国において、自然に焦点を当てたDIRO(依存、影響、リスク)分析を実施しています。GRIに基づく生物多様性KPIを全発電・送配電サイトに適用し、グローバルな測定基盤を構築するとともに、SBTNやTNFD、欧州サステナビリティ報告基準(ESRS)など各枠組みの強みを組み合わせた評価プロセスを設計しています。
- ・SBTN・TNFDの評価手法(LEAPなど)を用い、影響やリスクが最も高い「優先地域(ホットスポット)」を特定
- ・GRIの標準化されたKPIにより、グローバルレベルでの影響を測定
- ・TNFDが重視する「影響要因」と「自然の状態」の両面を掛け合わせて評価
- この評価アプローチにより場所特有の環境課題を浮き彫りにし、GRIの新基準101が求める「サイトごとの具体的な影響」を高い精度で特定
ただし、Enelのような先進企業でも、サプライチェーンにおける情報収集の難しさなど実務上の課題を抱えています。
企業に求められる次の一歩
生物多様性への取り組みは、事業レジリエンスを左右する経営課題へと、その位置付けが変わりつつあります。国際基準の整合化が進む中、企業にはGRI・TNFD双方に対応できるデータ基盤の構築が、これまで以上に求められていくと考えられます。今後の焦点は、整備が進むフレームワークを、各企業がいかに戦略や実務へ落とし込んでいくかではないでしょうか。
*1 「自然関連リスクの増大: 自然を取り巻く危機が ビジネスや経済にとって 重要である理由」(世界経済フォーラム)
*2 TNFD welcomes ISSB decision on nature-related standard setting drawing on TNFD framework as adoption crosses 730 organisations and USD 22 trillion in AUM (TNFD)
*3 Discussion Paper on State of Nature Measurement(TNFD)
*4 Decoding biodiversity impacts(GRI)
本稿は公開時点(2026年5月12日)において公開されているISSB・TNFD・GRI・SBTNの公式情報をもとに作成しています。自然関連開示基準の策定は現在進行中であり、今後の審議によっては、内容が変更される可能性があります。IFRS財団およびTNFD等の最新情報を併せてご参照ください。
エコネットワークスでは、重要課題・KPIの特定をはじめ、他国の開示事例調査、意思決定に向けた情報提供など、様々なサステナビリティ情報開示に関する支援を行っています。
主な支援実績はこちらからご覧ください。