言葉を起点に考えるDEIコミュニケーション:「障害者に使いやすい」は適切?

2026 / 4 / 9 | カテゴリ: | 執筆者:岩村 千明 Chiaki Iwamura

ここ十数年、人権とDEIに関する法規制の整備や政策が進み、企業に求められる人権尊重責任はより明確になってきました。一方、米国を中心に反DEI派の主張を受けて大手企業が施策を見直すなど、揺り戻しともいえる動きも見られます。企業は、単に言葉づかいや表現に配慮する段階から、施策そのもののあり方を含め問われるようになってきています。こうした中、ただ漠然と情報発信やDEI施策に取り組んでいると、炎上や信頼性低下、誰かの人権を傷つけてしまうといったリスクにつながりかねません。

ENWはこの度、20年以上にわたり蓄積してきた人権と言語にまたがる知見を基に、「人権に配慮したDEIコミュニケーション実践ガイド」を公開しました。「Sustainability Frontline」では、本ガイドで紹介するインクルーシブな表現やDEIコミュニケーションで押さえていきたい視点・事例を取り上げていきます。

第1回となる今回は「障害」に焦点を当て、表現やコミュニケーションのあり方について考えます。

「障害をもつ」? 「障害のある」? 言葉が映す社会の捉え方

ときどき「障害をもつ」という表現を見聞きすることがあります。しかし、DEIコミュニケーションの観点では、「障害をもつ」ではなく、「障害のある」という表現を使うことが推奨されます。

その背景にあるのが、「障害は『個人』ではなく、社会的な『障壁(バリア)』によって生じている」という考え方です。車椅子では通れない段差、点字機能がない案内板、障害を理由に断られる施設利用ーーこれらすべてが社会側にある障壁にあたります。

実際に、昨年秋に初めて日本で開催された国際競技大会「デフリンピック」を前に、デフスポーツの競技団体を対象に実施された調査では、半数以上が施設利用を断られるなど障害を理由とした困りごとを経験していることが分かりました。健常者を中心につくられた現代の社会構造では、障害のある人にとって施設・設備やサービスの利用が難しく、日常生活や社会参加が制限される場合があります。

こうした状況を受け、日本では2024年に改正障害者差別解消法が施行され、事業者に対し、合理的配慮の提供が義務化されました。合理的配慮を考える上で欠かせないのが、障害は社会側にあるという考え方です。「障害をもつ」か「障害のある」かーーその言葉の背景に、DEIコミュニケーションのあり方を考える上で重要な視点があります。

「障がい」と「障害」 どちらが正しい?

「障がい」か「障害」かーー実際のところどちらが正しいという明確な答えはありませんが、その背景には異なる意図や考え方があります。

「障がい」と平仮名で表記する動きは、「害」という漢字がもつネガティブなイメージを避けるという意図から生まれました。一方、あえて「障害」と漢字で表記することで、「社会側に障壁がある」という当事者側から問題提起をする動きもあります。どちらの表記を選ぶにせよ、その背景にある意図や視点を理解した上で使うことが大切です。

「障害者に使いやすい」は適切?

「障害者に使いやすい」という表現は、一括りにしすぎていないかという点で注意が必要です。

例えば、「視覚障害」といっても、全盲から弱視、色弱まで状態は様々であり、一括りにした表現はこうした多様な状態を見落としてしまう恐れがあります。ウェブアクセシビリティをはじめ、合理的配慮の提供においては、それぞれのニーズを個別かつ具体的に把握・対応することが重要だといえます。

社会の構造的な問題を可視化・解決するためには、ライツホルダーを属性で捉えることは不可欠です。一方で、「ライツホルダーの中の多様性」を見落とさないよう、安易に一括りにしていないか常に問い直す姿勢が求められます。

「障害」を表現するビジュアルに潜む無意識の偏見

CMや広告などで「障害」というテーマを扱う際、「痛み」「サポート」「希望」といったメッセージが含まれていることが多く、苦しんでいることを前提とした描き方に偏りがちです。しかし、そこに無意識の偏見が潜んでいないか留意が必要です。

障害のある人それぞれが異なる価値観やニーズをもっており、障害があることが即ち苦しみや困難を意味するとは限りません。「障害のある人=サポートが必要な存在」「障害のある人=困難を乗り越えようとしている存在」という固定的な描き方は、当事者の実際の生活や感情を無視した決めつけになりかねません。

こうした表現によって無意識の偏見をさらに助長させないためにも、多様なライツホルダーと対話し、一人ひとりの状況や価値観、ニーズを理解することが欠かせません。その上で、DEIの観点と伝えたいメッセージのバランスを考慮しながら表現を検討することが大切です。

DEIコミュニケーション実践へ

言葉や表現の背景にある様々な歴史・文化的背景や社会・経済的背景を知ることは、無意識の偏見や構造的な差別への気づきにつながります。そして、そうした気づきこそが多様な人々の人権に配慮したDEIコミュニケーション実践への第一歩だといえます。

企業においては、無意識の偏見や構造的な差別について学ぶ機会を設け、当事者の声を取り込む仕組みをつくることが重要です。対話を継続的なプロセスとして位置づけ、得られた視点を活かして自社の制度や商品・サービス、情報発信をDEIの観点から定期的に見直していく。そうした体制を整えることは、炎上やレピュテーションリスクの回避だけでなく、企業としての信頼性や価値の向上にもつながるはずです。


ENWは「人権に配慮したDEIコミュニケーション実践ガイド」の公開を記念して、オンラインセミナーを近々開催します。詳細が固まり次第、メールニュースでご案内します。

「人権に配慮したDEIコミュニケーション実践ガイド」のダウンロードはこちら

本ガイド活用に向けたワークシートも含まれていますので、ぜひご利用ください。

このエントリーをはてなブックマークに追加