「エイジズム」の克服に向けて企業が果たす役割とは?

2024 / 10 / 4 | カテゴリー: | 執筆者:岩村 千明 Chiaki Iwamura

(Photo by Steve Buissinne via Pixabay)

定年退職を控えたパートナーを持つ友人が、先日「夫は再雇用という形で働き続けるとは思うけれど、給与も下がるし、モチベーションを維持するのが難しいみたい」と話していました。少子高齢化が進む中、シニア人材の活用が注目されるようになって久しいですが、60歳定年制や賃金ピーク制度を採用する企業はいまだ多い印象です。その背景には、年齢に対する偏見や差別(エイジズム)が見え隠れします。

エイジズムが企業にもたらすリスク

厚生労働省が実施した調査では、定年の年齢を60歳と定める国内企業が約7割を占めるとされています。また、年齢階級別に賃金の推移を見てみると、50~59歳をピークに、以降下降していることが分かります。一方、「シニア層の就業実態・意識調査 2023」では、75%以上が「70歳以降も働きたい」と回答しており、従業員の希望や意思が現行の制度に反映されていないことが読み取れます。従業員のニーズと制度との乖離は、意欲のあるシニア層のやる気を奪い、本来活躍できるはずの人材を活かしきれない、といった状況をも招きかねません。

賃金ピーク制度を導入している企業が多い韓国では今、同制度を巡り、労働者が企業を訴える民事裁判が相次いでいます。制度の構造自体が、エイジズムにあたるというのが労働者の主張です。また、OECDは2024年1月、働き手を確保する対策の一つとして日本に定年制廃止を提言するなど、この問題に取り組まないことは、いまや企業に人材流出や訴訟、企業価値低下などのリスクを招きつつあります。

制度改革や広告表現の見直しも 進む企業の取り組み

そもそも組織におけるエイジズムは、なぜ生まれたのでしょうか。その背景には、高齢者は「弱くて役に立たない」「生産性が低い」といったアンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)があります。利益や生産性ばかりが重視される資本主義社会の陰で生み出された「負の産物」の一つだと言えるでしょう。

こうした現状を変えようと、昨今では国内外の企業で様々な動きが見られます。厚生労働省が2023年に実施した調査によると、日本では従業員数が300人以下の中小企業のうち4.2%が定年制を廃止。大手では、YKKが同制度を廃止したほか、りそな銀行と埼玉りそな銀行は60歳から65歳の間で定年時期を選べる「選択定年制」を導入しています。

世界最大の化粧品会社であるロレアルは、シニア層の従業員の採用・育成を積極的に行っており、2023年にフランスのロレアルに入社した50歳以上の従業員は72人に上ります。ロレアルグループ全体では、50歳以上が15%を占めており、「何歳になってもキャリアを通じて雇用される能力を高めること」を目的とした育成プログラムも展開されています。また、当時68歳の米俳優をアンバサダー(宣伝大使)に起用したり、「アンチエイジング」という表現についても見直しを検討したりするなど、自社の広告やキャッチコピーなどを通じて社会にも働きかけています。さらに、こうした取り組みを産業界全体に広げようと、年齢に関する固定観念を解消することや、あらゆる年齢層の従業員のスキル開発をサポートするなど10の約束を打ち出した「憲章」を作成しています。既にアクサやエールフランスなど約50社が同憲章に賛同しており、今年中には100社に到達する見込みだと言います。

組織、そして社会全体の意識改革へ

企業は定年制度や採用・育成制度などの変革を行うことで、シニア人材の意欲向上を図ることができ、ひいてはそれが社内の技能伝承の促進や人材不足といった課題解決の糸口となります。

さらに、広告や社外への情報発信において使用するビジュアルイメージや用語を意識的に変えていくことは、「歳をとること」「高齢者」に対する社会のイメージを変えていくことにつながります。「あの人はもう歳だから……」「歳をとったのだから仕方がない」など当たり前だと思われてきた年齢に対する考え方に一石を投じ、一人ひとりの意識を変えていく。そうした社会意識の改革に向けて、企業が果たす役割は大きいと言えそうです。

(岩村千明 コンテンツプロジェクトマネージャー/ライター)

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