Sustainability Frontline サステナビリティをカタチに
炭素除去よりも前に、今ある炭素貯蔵庫を守る

(Photo by Dieter Kenz via AdobeStock)
多くの企業がカーボンニュートラル目標に向け取り組む中、排出削減だけでは達成が危ぶまれるという背景もあり、炭素除去などの技術に注目が集まっています。排出削減と併用する解決策の一つではあるものの、炭素除去を目指すよりも前に、今企業として進められることがあります。
時間を要する炭素除去への取り組み、モラルハザードへの警鐘も
大気中のCO2を除去する炭素除去技術(CDR/Carbon Dioxide Removal)には、主に「自然プロセスを人為的に加速させる手法」と「工学的プロセス」があります。「自然プロセスを人為的に加速させる手法」には、植林や再生林、バイオマスを土壌に貯留する技術、海洋のCO2吸収を促進する技術などがあります。例えば、アップル社は自然に根ざした炭素除去プロジェクトの推進基金「Restore Fund」を設立し、熱帯雨林地帯の再生に向けた植林などを進めています。CO2を吸収するのに十分な森林に回復させるためには多くの時間を要し、長期にわたる取り組みと言えます。
他方「工学的プロセス」には、大気中のCO2を直接回収・貯留する技術(DACCS)などがあります。ただし、資源エネルギー庁の資料によれば、今のところDACCSなどを手がける事業者数は国内外合わせても数えるほどしかなく、技術の確立や普及にはまだ時間を要するものと見られています。
こうした炭素除去の取り組みに対しては、排出削減が進まぬ場合の免罪符にならないよう警鐘を鳴らす声も増えています。世界の石油・ガス大手が炭素除去技術を活用した事業に力を入れ始めていることを例に考えると、極端に言えば「炭素除去をしているのだから、炭素を排出してもいい」といったモラルハザードを招きかねないという指摘です。
炭素貯蔵庫を守る動き 泥炭地の事例から

(Photo by Ton via AdobeStock)
このような中、企業にとって最大の焦点が排出削減であることは明白ですが、それとともに今注目すべきは、膨大な年月をかけて炭素が貯蓄されてきた自然資源を守ることです。例えば、地球表面のわずか3%を占める泥炭地には、世界中の森林が貯蔵する量の2倍近くに相当する550ギガトンの炭素が固定されていると推計されています。泥炭地の保護は世界でも優先課題とされており、最近ではコンゴにある世界最大の熱帯泥炭地を保護するプロジェクトや、自動車メーカーのアウディによる保護プロジェクトなどがあります。世界各地の泥炭地は、森林伐採や農業、様々な土地利用によって破壊が進んでおり、企業による土地利用が大きなカギを握っています。
企業の土地利用がカギ SBTiでも目標設定に向けたガイダンス
折しも、多くの企業がTNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)提言に注目し、ネイチャーポジティブ(生物多様性の損失を止め、回復軌道に乗せること)への取り組みを加速させています。そんな中、SBTiが「Forest, Land and Agriculture(FLAG/森林、土地および農業分野)」のセクターガイダンスを2022年に発表しました。森林伐採や泥炭地の転換、農地への転用といった土地利用変化や土地管理に伴うCO2排出量、森林・土壌再生などを通じた自然ベースの炭素除去量に関する目標設定が、2023年4月から求められています。また、GHGプロトコルは、FLAG排出量・除去量を算定するための「土地セクターガイダンス」の最終版を2024年中に発表する予定です。企業は、これまで取り組みの中心となってきたエネルギー起源や工業プロセスの排出量に加えて、土地由来の排出量も考慮することが求められるようになっています。
脱炭素に向け、企業はこれまで以上に、森林や泥炭地といった炭素貯蔵庫である自然資源を守ることが求められ、科学的データに基づいて目標や実績が評価されていく流れが加速していくでしょう。蛇口から出てしまった水をかき集める(炭素除去)よりも前に、蛇口を閉める(今ある炭素を外に出さない)ことが、企業が速やかになすべきことであり、そして最も効果的な近道と言えるのではないでしょうか。
(宮原桃子 コンテンツプロジェクトマネージャー/ライター)
こちらの関連記事も、ぜひご覧ください:
・その再エネは大丈夫? バイオマス発電から考える(勉強会レポート)
・ミティゲーション・ヒエラルキー 生物多様性を保全するための考え方
・コモンとしての森 これからの森林保護のかたち