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分身ロボットカフェを訪ねて 誰もが輝ける職場づくりとは?
東京・新日本橋駅のすぐそばに、ロボットが接客をしてくれる「分身ロボットカフェ DAWN ver.β」があります。一見AIロボットのように見えますが、これは外出が困難な人たちが遠隔操作している分身ロボットです。最新のロボット技術を活用して、外出困難者である従業員が働きやすい職場環境をつくるカフェの取り組みから、多様な人びとが働きやすい職場づくりについて考えます。
「人類の孤独を解消したい」というミッション、コロナ禍で高まるニーズ
「分身ロボットカフェ DAWN ver.β」を運営する株式会社オリィ研究所は、「コミュニケーションテクノロジーで、人類の孤独を解消する」をミッションに掲げています。同社によると、日本には、様々な事情により外出が困難な人たちが多くいます。
- 病気やけがで学校に通えない子ども:4万人以上
- 15歳〜39歳人口における広義のひきこもりの推計数:54万人
- 身体障害・高齢・育児などの理由で、外出する際に何らかの困難を伴う「移動制約者」:3,400万人
そこでオリィ研究所は、2012年から重度障害者の人びと共に、「例え寝たきりになっても会いたい人と会えて、仲間と共に働き、自分らしく生きられる社会」をつくる実験に取り組んできたのです。遠隔操作しながら「その場にいる」感覚を共有できる分身ロボット「OriHime」や、目の動きだけで意思伝達を行える「OriHime eye」、テレワークにおける身体的社会参加を可能にする分身ロボット「OriHime-D」を開発してきました。
さらに2020年から始まったコロナ禍では、あらゆる人が外出困難になり、リモート環境下でも様々な経験を実践し共有できること、そして孤独を解消することが社会全体の課題にもなりました。こうした中で、オリィ研究所の取り組みは、普遍的なニーズに対応するべく広がりを見せてきたのです。
観光客が集まる大人気のカフェ ロボットを介して広がるコミュニケーション

分身ロボットカフェ DAWN ver.βの外観
プロジェクトの一つとして、2021年6月にオープンしたのが「分身ロボットカフェ DAWN ver.β」です。ホームページのトップには「すべての人に社会とつながり続ける選択肢を」というメッセージが掲げられ、分身ロボットを通じて活き活きと働ける仕事・職場を生み出しています。
取材に訪れた日は、平日にも関わらず開店から間もなくしてほぼ満席に近い状態に。利用客のほとんどが、様々な国からの観光客でした。オリィ研究所所長室の濱口 敬子さんによると、利用客の約7割が外国人観光客とのこと。東京ならではのロボット・テクノロジーへの関心だけでなく、多様な働き方に対する関心から訪問する方も多いそうです。

店の入り口で利用客を迎えてくれる分身ロボット
分身ロボット「OriHime」が接客をするエリアには、食事を楽しめる完全予約制の「OriHimeダイナー」、予約不要でアルコールが楽しめる「Barカウンター」、バリスタ研修を受けたパイロットがロボットを操作してコーヒーを淹れてくれる「テレバリスタ」、OriHime操作体験のコーナーがあります(いずれも入場料制)。

卓上に設置されている「OriHime」が、メニューなどを案内してくれる
各テーブルには体長23センチの「OriHime」が設置されており、席に着くと、OriHimeを遠隔操作するパイロットからまず自己紹介がありました。ニックネームや住んでいる場所、外出困難になった事情や趣味などに続き、店内やメニューの案内、注文の受付をしてくれました。会話に合わせてOriHimeが頷いてくれたり、両手を上げたりと反応がわかりやすく、ロボットを介してパイロットとコミュニケーションしている感覚がしっかり湧き上がってきます。

食事や飲み物を運ぶのは、身体労働を伴う業務を可能にする全長約120センチの分身ロボット「OriHime-D」
食事や飲み物を運んでくれるのは、身体労働を伴う業務を可能にする全長約120センチの分身ロボット「OriHime-D」です。こちらもパイロットが遠隔操作をし、料理の説明や雑談に応じてくれます。外国人観光客が多い中、パイロットは英語での接客も。パイロットのほとんどは元々英語を話せなかったのが、セリフを作成して何度も接客するうちに英語力が上達したそうです。利用客は一様に、食事や飲み物だけでなく、カフェで体験できる新たなコミュニケーションや、ロボットの向こうにいるパイロットの人たちの新しい働き方を体感している様子でした。
拡張型心筋症のパイロット「おはむさん」 24時間介助者が必要であることの難しさ

OriHimeを介して自己紹介をしてくれるおはむさん
分身ロボットカフェでは、今約70名のパイロットが働いています。募集をすると8-10倍の応募があるそうで、外出困難という課題を抱える方々が多くいる現状がわかります。今回は、筆者のテーブルを接客してくれたパイロットの「おはむさん」に、これまでの経緯やカフェでの仕事、誰もが働きやすい職場環境について伺いました。
― おはむさんは、なぜ外出が難しくなったのでしょう?
数年前に、最初は風邪のような症状から、急激に悪化して歩けなくなるほどの状態になりました。心疾患の難病である「拡張型心筋症」と診断され、「補助人工心臓」を挿入する緊急手術を受けて、7カ月入院しました。退院したのはちょうどコロナ禍が始まった頃で、感染リスクも高いことから通院以外の外出はできませんでした。ただ、今は生活もあり保育園に通う子どももいるので、外出はせざるを得ない部分があります。
しかし、補助人工心臓をつけていると、機械の誤作動などのリスクがあるため、24時間介助者をつけなければならないんです。日中は私の母、夜は夫が介助者の役割を担う形で、ふらっと一人で外出することはできません。介助者にも生活があるので、患者自身が外出をしたり外で仕事をしたりするには大きなハードルがありますね。
― ご自身の状況について、どのような心境でしたか?
7カ月の入院中はほとんどICUにいて、治療の辛さだけでなく、担当医師・看護師・夫以外の誰ともコミュニケーションができないことが本当に辛かったですね。退院後も、自分の病気をすぐには受け入れられず、何もできないと悲観的になって家族にも当たってしまい、大きなストレスを抱えていました。
家族以外の人と話したい! 働きたい! 仕事で見つけたやりがいと新たな挑戦

分身ロボットカフェ DAWN ver.βのランチセット
― どのようなきっかけで、分身ロボットカフェで仕事をすることになったのでしょう?
実は、知り合いの患者さんが、分身ロボットカフェでパイロットの仕事をしていたんです。オリィ研究所やカフェのことを初めて知り、こんな仕事があるのかと感銘を受けました。
退院後の生活では、介助者である母と夫、子どもとしか会わない毎日で、「家族以外の人と話したい」「仕事をしてみたい」という想いが大きくなっていました。そんなときに、運命的なタイミングでパイロットの募集があり、「今の私がやりたいことはこれだ!」とすぐに応募しました。
― カフェの仕事はいかがですか? ご自身に変化はありましたか?
病気になる以前もずっと接客業をしていたので、好きな仕事ができて嬉しいです。実は、リアルでの接客よりもOriHimeを介したほうが楽しいんですよね。もともと敏感な性質なので、OriHimeというワンクッションがあると、お客さまの目をしっかり見ながら、リラックスしてストレートに会話することができます。注文のやりとりだけでなく、雑談やときにはお悩みの相談を受けることもあるんですよ。
今は、日本橋のカフェだけでなく、12月に期間限定で京都にて開催されたキャラバンの仕事や、カフェ以外の仕事もしており、週6日くらい働いています。今後は、入院中の子どもたちとコミュニケーションするような仕事など、もっと色々とチャレンジしていきたいです。いつか心臓移植ができれば、補助人工心臓はいらなくなり、24時間介助も必要ではなくなります。その先のステージにつながっていくことに取り組んでいきたいです。
職場に求められる「誰もが自由に働き方を選択できること」
― 外出困難をはじめ様々な事情を抱える人たちがいる中、誰もが活き活きと働ける職場環境をつくっていくために、どんなことが大切だと思いますか?
コロナ禍を経てリモートワークが広がった一方で、在宅勤務できる人とできない人に分断されてしまっていますよね。私は今遠隔だからこそ仕事ができていますが、「在宅勤務ができていいなぁ」と言われることがあります。様々な事情に合わせて、働き方を自由に選択できることが大切だと思います。
オリィ研究所所長室の濱口さんも、同じような想いを語ってくれました。「企業側が働き方の選択肢をいくつか用意できれば、これまでは病気や障害などを理由に仕事に就けない・辞めざるを得なかった人たちが、その人にできることをできる形で実現できます。私たちは、テクノロジーを活用してそうした事例を発信していきたいと思っています」
テクノロジー×意識改革で、誰もが活き活きと働ける環境づくりを
私たちには一人ひとり様々な特性や事情があり、それぞれに合わせた仕事、働き方、働く環境が必要です。OriHimeの事例のように、「できない」とされていたことを「できるようにする」テクノロジーの活用は、働く環境に大きな変化をもたらします。そして、最新のテクノロジーを活用する以前に、職場で共に働く一人ひとりの意識改革も欠かせません。お互いの特性や事情に対する理解・配慮はもちろんのこと、「こういう障害がある人だから、これはできない」といったアンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)を解消することが重要です。一人ひとりのニーズや強みにしっかり目を向けることで、最適な仕事や職場環境をつくっていくことができるでしょう。ロボットカフェの革新的な試みから、これからの職場環境づくりで大切なことを改めて体感しました。
いわゆる「障害」や「障壁」は、社会がつくり出しているものです。テクノロジーや周りの意識によって、働きやすい環境が整い、誰もが働き方を自由に選択できれば、それまで「障害」や「障壁」とされていたものは存在しなくなるはずです。誰もが活き活きと働ける環境づくりに向けて、企業はテクノロジーの活用と意識改革に本気で取り組むことが求められています。
(宮原桃子 コンテンツプロジェクトマネージャー/ライター)
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