どこから始める 企業の生活賃金への取り組み

2023 / 10 / 10 | カテゴリー: | 執筆者:野澤 健 Takeshi Nozawa

「生活賃金」について言及する企業が増えてきました。背景にはESG評価への対応や、コロナ禍による低所得者層への影響が注目されたことなどがあります。しかし実践における複雑さもあいまって、方針にとどまらず具体的な取り組みまで進み、開示できている事例は、パタゴニアファーストリテイリングなどわずかです。

人間らしい適正な生活を送るための「生活賃金」

生活賃金の定義としてよく参照されるのが、グローバル生活賃金連合(GLWC)による定義です。生活賃金とは、労働者とその家族が、適正な生活水準を確保するために十分な報酬であり、そこには食料、水、住居、教育、医療、交通、衣服、その他の不可欠なものが含まれます。また定義には、不測の事態に伴う出費も含むとされており、近年では気候災害に伴う影響について考慮することも必要となってきます。

法律で定める「最低賃金」が、「生活賃金」の水準として適正かどうかも、国や地域によって異なります。日本においても例外ではなく、全国平均が時給1,000円をやっと超えるようになりましたが、パートで働く主婦や学生を想定して設定されてきたため、非正規雇用者や単身世帯が家計を支えるには不十分な水準です。

生活賃金の参照値

生活賃金は、地域によって異なるため、一律に決められるものではありません。そのため国際労働機関(ILO)は、基準は定めず、団体交渉を含む社会対話と三者協議を推奨しています。

ただ何かしらの参照値がないと、取り組みを進めにくいというのも事実です。特に新興国における指針として参照できるのが、先述のGLWCによるデータベースです。たとえば

・カンボジア・都市部 947,493カンボジアリエル/231USドル
・中国・蘇州 4,044中国元/604USドル
・中国・鄭州 3,235中国元/483USドル
(いずれも月額、2022年時点)

といったような形で、現在45ヵ国についてベンチマークとなる基準が示されており、今後さらに13ヵ国が追加される予定です。

また実際の賃金ギャップの計算にあたっては、持続可能な貿易のためのイニシアティブ(IDH)が提供しているIDH Salary Matrixというツールもあります。

日本においては、連合が発表している「連合リビングウェイジ(LW)」があります。2021年の最新の数値では、単身成人世帯(さいたま市)で時給1,110 円・月額 183,100 円であり、全都道府県の推計で、最低賃金がLWの数値を下回っています(埼玉県の最低賃金は2023年時点で1,028円)。

企業はどこから取り組むか

企業には、自社だけでなくサプライチェーン全体にわたる取り組みが期待されます。当然、事業を展開する地域が広範なほど、またサプライチェーンが深く長いほど、その難易度は高まります。そのため、1社だけでなく、サプライチェーンに関わる企業全体で、あるいは業界全体での取り組みが必要となってきます。逆に、事業の展開地域が限定的、取り組みが自社及び取引先工場で完結するなど、対象範囲が狭い企業は取り組み易いとも言えます。

企業はまず、生活賃金へのコミットを行い、優先的に取り組んでいく地域を絞り込み、その地域における生活賃金を特定する。そして実際の報酬とのギャップを把握したら、どのようにそれを埋めていくかを検討していく。その過程においては、従業員をはじめとするステークホルダーとの対話を確実に行う。サプライチェーンでの取り組みにおいては、先行するイニシアチブに参加していく。

そうしたステップを基本としながら、法令順守ではなく、人的資本やサプライチェーンを強くする上で不可欠なものとして、生活賃金への取り組みを一歩一歩前進させていくことが期待されます。

 

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(Thumbnail photo by 0-0-0-0 via Pixabay)

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