Sustainability Frontline サステナビリティをカタチに
ESGの取り組みをサプライヤーに波及させていくために

(Photo by u_sf2q0n59vt via Pixabay)
「職場が暑くて、仕事に集中できない」
中小企業に勤める知人が先日、こんな言葉を口にしていました。この会社では、省エネ対策として、夏場はエアコンの温度が高めに設定されているそうですが、それをストレスに感じている従業員もいるようです。さらには、労働環境が悪化していても「組合がないため、声を上げづらい」とも話していました。
大企業と中小の温度差
脱炭素社会の実現には、省エネの促進が不可欠です。しかし、「我慢を強いる省エネ」だけでは2050年カーボンニュートラルの達成は難しいとも言われています。大企業では、再生可能エネルギー(再エネ)の導入など大規模な転換や技術革新が進む一方、そのサプライヤーにあたる中小企業では、コストや人材不足などが障壁となり、抜本的な対策を講じられずにいるケースがあります。また、労働組合の有無も含め、職場環境への配慮に欠けるケースも少なくなく、人権に対する意識がまだまだ希薄であると言わざるを得ない状況です。
ESG領域において大企業との間に大きな差が生まれてしまっているなか、中小企業の取り組みを加速させていくためには、どうしたら良いのでしょうか。昨今、各国でみられる大企業によるサプライヤー支援がそのカギを握りそうです。
中小企業がもたらすインパクト
国連グローバルコンパクト(UNGC)の報告書によると、UNGCに署名する企業のうち年間収益が10億米ドルを超える大企業の9割以上が温室効果ガス(GHG)排出量削減目標を定めているのに対し、中小企業におけるその割合は6割を切るとされます。また、大企業の約9割がサステナビリティ関連の定量目標を設定・開示しているのに対し、定量目標を定めている中小企業は約半数、開示を行っている企業は5割を切っています。
一方、中小企業は世界の企業の約9割を占め、雇用する従業員数においては全雇用の半数(経済後進国では7割)を占めるなど、その取り組みが経済や社会に大きなインパクトをもたらすことは明白です。さらに、原材料の調達から消費に至るまでバリューチェーン全体でのGHG排出量の削減が求められるなか、大企業のサプライヤーである中小企業が果たす役割は大きいと言えます。
広がるサプライヤー支援 リソースやノウハウを提供

(Photo by Dirk Wouters via Pixabay)
昨今では、大企業が中心となり、サプライヤーのESGの取り組みに対してさまざまな支援策を打ち出しています。例えば、Appleはクリーンエネルギーと炭素除去のソシューリョンの特定および実施に向けた一連の無料学習リソースとトレーニングを提供しています。
IKEAは、GHG排出量の多い中国、インド、ポーランドのサプライヤーに対して、再エネ電力を系統から購入するための一括枠組み契約や電力購入契約(PPA)などのソリューションを提供。2023年の年末までに、同取り組みを10ヵ国に拡大すると発表しました。同社は、他にもESGパフォーマンスの継続的な改善に向けたモデルケースや、研修などの支援プログラムを提供しています。
また、Eniは主にサプライヤー向けにサステナビリティ関連データの測定・開示方法を学べるプラットフォームを提供しており、利用者はその情報を他社と比較・共有することもできます。サプライチェーン上にある企業同士でパートナーシップの機会を見つける仕組みとしても機能しており、協働によるインパクトの拡大が期待されます。
要請だけでは不十分 必要なのは包括的な支援
ここ数年、各国で人権関連の法規制の整備・強化が進んでおり、企業は環境に加え、人権の分野においてもサプライチェーン全体での対応が求められています。多くのサプライヤーを抱える大企業では、こうした要請に応えるべく体制の強化に必死に取り組んでいる様子が伺えます。しかし、ただ単にサプライヤーに要請するだけでは、コストや人材面で課題を抱える中小企業の負荷が高まるばかりで、実質的な取り組みには発展しづらいように感じます。
サプライヤーの支援は、大企業にとってもコストや労力を要することではあります。一方、長期的には自社のサプライチェーン全体で効果を上げ、社会へのインパクトを高めることができます。例えば、Appleのサプライヤーを対象とした支援プログラムには40社以上が参加しており、同社のグローバルサプライチェーン全体での再エネ比率は2019年以降5倍に拡大しました。
先端をゆく大企業が中心となり、環境や人権などの領域で蓄積してきた知識や技術・ノウハウをサプライヤーにも広めていく。そうすることで、より良い社会の構築に向けて社会全体で歩みを進め、取り組みを加速させていくことができるのではないでしょうか。
(岩村 千明/ライター)
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