「やさしい日本語」を学ぶ意義

2023 / 5 / 8 | カテゴリー: | 執筆者:近藤 圭子 Keiko Kondo

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私は先日、日本語を教える先生に会う機会がありました。その方が、海外から来た生徒さんに話しかける言葉を聞き、「先生の日本語はさすがわかりやすい!」と思ったものです。

ただ、日本語の先生ではなくても、「日本語をわかりやすく話したい場面」を経験することがあるのではないでしょうか。

日本に在留する外国人の数は、2022年末時点で、過去最高の307万人余りとなりました。また、国立社会保障・人口問題研究所による将来人口推計では、2070年の外国人人口は939万人。外国人人口が日本の人口の10.8%を占めるまでに増えるとされてます。

このように、職場、学校、地域などさまざまなところで、言葉や文化が違う人が隣にいる光景はすでに当たり前になっています。そして、これからますます加速していくと言えるでしょう。

災害を機に生まれた「やさしい日本語」

言葉や文化が違う方とコミュニケーションをとる方法として、AI翻訳のようなデジタル活用やコンテンツの多言語化がありますが、「やさしい日本語」もその一つです。

やさしい日本語は、日本語を母語としない方に伝わりやすいよう、文法や語彙をシンプルにした日本語です。やさしい日本語が生まれたきっかけは、1995年の阪神・淡路大震災でした。日本人住民に比べて外国人住民の死亡率や負傷率が高かったことから、情報提供に関する研究が進められ、やさしい日本語が生まれたのだそうです。(参考文献:『入門・やさしい日本語』)

近年は、報道や行政の文書などで、やさしい日本語を見かけることが多くなりました。例えば、NHKはやさしい日本語で書いたニュースのウェブサイトを設けていますし、行政が発行する多言語の広報物でも、言語の一つとしてやさしい日本語が使われています(例:新型コロナウイルスに関する東京都のリーフレット)。

日本語を母語とする人が、やさしい日本語を学ぶ

注目したいのは、日本人がやさしい日本語を学ぶ取り組みが広がっていることです。NHKによる記事「外国人への周知に役立てようと『やさしい日本語』を学ぶ講座」では、栃木県小山市で行政職員向けに行われている講座の様子が伝えられています。

静岡新聞の記事「やさしい日本語 外国人に配慮を 浜松郵便局で講座」には、「口座開設などで郵便局を利用する留学生や技能実習生に対し、手続きの説明に苦労しているといった声が従業員から上がったため、やさしい日本語の普及に力を入れる県と連携して講座を企画した」との一節が。従業員が講座を必要としていたことがわかります。

東京都にある多摩六都科学館は「やさしい日本語と博物館を学ぶ講座」を開催したそうです。やさしい日本語のポイントを学んだ後、館内の展示物をやさしい日本語で説明するワークが行われました。一般向けですが、博物館や科学館に勤める方が約半数を占めたとのこと。博物館等でも、来館者とのコミュニケーションで言葉の壁を感じることが増えているのでしょうか。

佐賀新聞の記事「やさしい日本語で絵本できた 外国人クラスメートのために 友情の物語、挿絵まで手がけ書籍化」には、外国からの児童が転入したことをきっかけに、小学生がやさしい日本語による絵本づくりに取り組んだエピソードが紹介されています。

このように、やさしい日本語を学ぶ取り組みが、全国各地で行われています。東京都のウェブサイトにある「『やさしい日本語』活用事例20」には、やさしい日本語によるコンテンツ制作の事例や、従業員教育の事例も掲載されており、企業や団体の参考になりそうです。同時に、知的障害がある方のコミュニケーションに、やさしい日本語が使われていることも紹介されています(例:一般社団法人スローコミュニケーション)。

企業や団体の発行物にもやさしい日本語?

私自身は、やさしい日本語を本で学んでみて「おもしろい!」と思いました。日本語を母語とする人に、やさしい日本語の学習はおすすめです。多様な人がともに暮らすとき、いわゆる“マイノリティ”だけが、自らを変える努力をするのではありません。“マジョリティ”も変われる、そしてお互いに歩み寄れる。やさしい日本語の学習はそのことを教えてくれます。

なお、英語には「プレイン・イングリッシュ」があります。いわば「やさしい英語」です。企業や行政の文書において、プレイン・イングリッシュの使用が期待されています。米国証券取引委員会(SEC)による『プレイン・イングリッシュ ハンドブック(A Plain English Handbook)』は、企業が開示文書を作成する際の指針だそうです。

プレイン・イングリッシュの例を思えば、「企業や団体の発行物に、やさしい日本語をもっと取り入れる可能性はあるのかもしれない…」という発想に至ります。今後デジタル技術が発展し言葉の壁が低くなることに期待しつつも、企業や団体をお手伝いするライターの一人としては、日本語をやさしい日本語に「翻訳」する練習をしてみたいと思いました。

(近藤圭子/ライター)

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