賃金格差の開示をジェンダーギャップ是正につなげるために

2023 / 5 / 30 | カテゴリー: | 執筆者:岩村 千明 Chiaki Iwamura
紙幣の画像

(Photo by Lukasz Radziejewski via unsplash)

昨今、多くの企業がD&IやDE&I(ダイバーシティ、エクイティ&インクルージョン)の推進に取り組んでおり、女性活躍推進の動きも加速しています。一方、世界の女性の賃金は男性と比べて平均で約20%も低い状況にあるなど、男女間で依然として大きな格差があります。その背景には、複数の多様な要因が存在し、それらが相互に複雑に絡み合っていると言われています。

格差の是正に向けて、男女間賃金格差の開示を企業に義務付ける動きが先進国を中心に拡大しており、国際労働機関(ILO)なども透明性のある開示をもって取り組みを加速させていくことを訴えています。

情報開示の義務化に向けた国内外の動き

日本では、2022年7月に「男女間賃金格差の開示」が従業員301人以上の企業を対象に義務化され、まさにいま開示に向けた準備を進めている企業も多いはずです。

また、欧州では今年3月、賃金の透明性に関する指令案が可決されました。これにより、従業員250人以上の企業は毎年、従業員100人~249人の企業は3年ごとに男女間の賃金格差を公開することが求められます。さらに、この指令では労働者の知る権利(同一労働を行う同じ企業の労働者の男女別の賃金水準を知る権利)を定めるほか、男女の賃金格差が5%を超えた場合には対策を講じることが義務付けられます。

「情報開示」自体が目的化?

こうしたなか、企業からは開示に対する懸念の声も聞かれます。エコネットワークスでご支援している企業の中にも、女性活躍推進に取り組んでいるものの、依然として男女間の賃金格差が見られるケースがあり、ご担当者は「これらを開示することによって、投資家をはじめとするステークホルダーからの評価に影響が出ないか」を気にしている様子でした。

また、ILOの報告書によると、賃金の透明化に向けた法規制への対応において企業が認識している課題として最も多かった項目は「additional administrative costs(管理費の増加)」「cumbersome processes(プロセスの手間)」「employee privacy concerns(従業員のプライバシーに関する懸念)」だったそうです。

格差の開示を義務付ける動きが加速しているのは喜ばしいことですが、開示自体が目的化してしまうと、それに伴う痛みや手間ばかりに目が行きやすくなり、その先にある本来の目的を見失いがちです。

詳細を分析、格差の要因を特定することが是正への道

電卓、クリップ、ペン、資料が写っている画像

(Photo by Steve Buissinne via pixabay)

当たり前のことではありますが、格差の存在を知らなければ、是正はできません。真に公平な職場の構築に向けて、企業は表面的な開示だけで終わらせず、現状を可視化・分析した上で課題の特定・解消に向けた取り組みを行うことが重要です。

日本では、全従業員、正規、非正規の3つの区分における男女の賃金格差(男性の平均賃金に対して女性の平均賃金が何割か)の開示が求められています。しかし、これら3つの区分における平均値だけで実態を把握するのは難しいように感じます。

男女間賃金格差の詳細分析を行うツールとして、例えば東京大学エコノミックコンサルティングでは「GEM App」を提供しています。また、UN Women(国連女性機関)が提供しているツールでは、現行の賃金制度が「同一価値労働」を認識した体系になっているかを確認できます。

役職や勤続年数など似た属性において男女間に賃金格差があるか、現行の賃金体系では公平性が確保されているか。詳細な分析を進めることが、格差を引き起こしている要因の特定につながります。そして、要因が明確になれば、是正に向けた適切な対策を策定できるはずです。

従業員の意識改革や労使間の対話も不可欠

格差を数値化するだけで終わらせないためには、従業員側の意識改革も欠かせません。以前、D&Iの勉強会に参加したときのことです。ある方の「性別や人種などに関連する多様性の受容については、人権(差別の是正)の観点から向き合うべき」という言葉に、はっとしたことを今でも覚えています。

賃金をはじめとするジェンダー格差をなくしていくためには、従業員一人ひとりもこれまでの慣習に何となく従うのではなく、現在の社会・組織構造に疑問をもち、行動を起こすべきです。そのためには、企業によって開示された情報に積極的にアクセスし、実態を知ることが第一歩。その上で労使の団体交渉で話し合うなど、労使間の対話によって是正を進めることが重要なのではないでしょうか。

最近では、先進的な取り組みを行い、格差是正につなげている企業事例も見られます。ジェンダー関連のデータ収集と評価を行う機関、Equileapの報告書では、男女間賃金格差および戦略において透明性のある開示を行い、格差を着実に縮めている企業としてYara International(ノルウェー)、Eni(イタリア)、Borregaard,(ノルウェー)、Prosegur(スペイン)が紹介されています。

しかし、同社が上場企業3,800社を対象に実施した調査によると、現時点で男女間賃金格差を解消した企業数は全体の1%にも満たないそうです。開示をきっかけに、各社が賃金格差の解消に本気で取り組み、ジェンダーギャップの是正を加速させていくことを期待しています。

(岩村 千明/ライター)

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