Sustainability Frontline
「多様性」と「生産性」を同じ土俵で語る危うさ
先日、首相秘書官による同性カップルに対する差別発言があり、社会ではこれを非難する論調が圧倒的でした。昨年から今年にかけて朝日新聞やNHK、FNNで行われた世論調査では、同性婚を法律で認めるべきと回答した人の割合は6-7割に上っており、社会全体で多様性への理解が進みつつあることを感じます。しかし他方で、同性婚訴訟では合憲の判決が相次ぎ、政府は慎重な姿勢を崩していません。その背景には、多様な人びとや家族の在り方を受け入れることへの不安や、受け入れるべきでない理由を挙げてブレーキをかける動きがそこはかとなく感じられます。
「生産性」を理由にすれば、誰もが生きづらい社会に
数年前にある国会議員が「子どもを作らないLGBTのカップルは生産性がない」という発言をして、大きな批判を受けました。この議員を批判すれば終わる話ではなく、同性婚をめぐっては子孫繁栄や人類存続を理由に不安を語る人びとが一定層いることも現実です。しかし、そもそも多様な性的指向・性自認の人びとがいるのが人類であり、その前提のもとで存続する形があるべき姿と言えるのではないでしょうか。
そして「生産性」を理由に人の存在価値を判断し、多様性を否定することは、すべての人が生きづらい社会につながっていきます。私たちは誰もが年を取り、時に病気にもなり、その状態で生産性は確実に下がっていきます。生産性を理由に特定の人びとの存在を否定するのであれば、それはすべての人に跳ね返ってくるのです。
企業のDE&I戦略にも見える危うさ
翻って、今多くの企業がD&IもしくはDE&I(ダイバーシティ、エクイティ&インクルージョン)を掲げて、多様性を尊重し一人ひとりが輝ける職場づくりに力を入れています。素晴らしい動きである一方で、中には企業におけるDE&Iの位置づけに違和感が残るケースも少なからずあります。取り組みの背景として、「成長」「イノベーション」「価値創造」につながること、言わば「生産性」につながる要素が強調されすぎているケースです。
確かに、企業はあらゆる取り組みについて、社会へのインパクトとともに、自社の企業価値へのインパクトを捉える必要があります。ただ、成長やイノベーションは、DE&Iを推進した結果として実現されうるものではあるものの、DE&Iの目的ではありません。「多様性」と「生産性」を同じ土俵で語ることは、裏を返せば、生産性が劣ることを理由に特定の人びとを排除するような、多様性の尊重とは逆の動きにつながる危険性があると言えます。
多様性の尊重とは、あらゆる多様な人びとの人権、すなわち「人間らしく尊厳を持って幸せに生きる権利」を尊重するということに他なりません。DE&Iは、多様なステークホルダーの人権尊重に欠かせない柱と言えるものです。しかし、企業ではDE&Iと人権尊重が切り離されて語られることも多々あります。改めて原点に立ち返り、DE&Iの方針や戦略が人権尊重という土俵で語られているかどうか、企業にとっての経営リスク・機会といった視点で捉えられすぎてはいないかを、しっかり見つめる必要があります。そうしたメッセージでこそ、従業員をはじめとする一人ひとりのステークホルダーの共感を得られ、真にDE&Iを実現していくことにつながるのではないでしょうか。
(宮原桃子 コンテンツプロジェクトマネージャー/ライター)
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