Sustainability Frontline サステナビリティをカタチに
「小さな声」に耳を傾け、社会・組織の変革を

(Photo by Gerd Altmann via Pixabay)
「マジョリティの特権」という言葉を聞いたことがありますか? 私がこの言葉に出会ったのは、一年ほど前に多様性に関するワークショップに参加したときのことでした。ここでいう「特権」とは、いわゆる“マジョリティ”(多数派)と認知されている社会集団に属していることで得られる優位性や権力のことです。
マジョリティの特権から見えること
ひとりの人間の中にはいくつもの側面が存在し、誰もが“マジョリティ性”と“マイノリティ性”の両面を持っているため、「あの人は“マジョリティ”で、この人は“マイノリティ”」と完全に切り分けることはできません(詳しくはこちら)。ただ、現在の社会構造では、例えば「白人」と「男性」という2つのマジョリティ性が交差する白人男性は、白人女性や黒人男性よりも「特権」を持っているのではないでしょうか。
ワークショップでは、「社会階層」「国籍」「性のあり方」「健康」などの項目において、自分がどのくらい特権的立場にあるのかを考えました。結果、それまで自覚していなかった自分の特権を認識し、社会を見る目が大きく変わりました。マジョリティの側面を持つ人が特権を自覚すれば、その裏にいる人の生きづらさや困難に気付くことができます。社会の中で顧みられていないような「小さな声」に耳を傾けることが、社会や組織を変えるきっかけになるかもしれません。
マジョリティを中心とした社会・組織の構造
今の社会や組織は、いわゆる“マジョリティ”の視点を中心につくられてきたといっても過言ではありません。例えば、職場では男女別に分かれたトイレが一般的であり、トランスジェンダーの方などは性自認に沿わないトイレの利用を余儀なくされています。こうした状況に強いストレスを感じている方の中には、自宅以外の場所でトイレにいくことを避けるため水分補給を我慢し、脱水症になってしまう人もいるそうです。
組織では、物理的な障壁以外にも、これまで中心的な役割を果たしてきたとされる男性・正規雇用者などの視点をベースにつくられた制度や文化が、特定の人たちの可能性を狭める障壁となっています。長時間労働や転勤などを当たり前とする労働慣行や育成・昇進制度には、育児や介護、通院などさまざまな制約によってフルタイムで働けない人たちの視点が欠けているように思います。
「小さな声」を組織に届ける仕組み

(Photo by Gerd Altmann via Pixabay)
昨今では、“マイノリティ”と社会が認知している属性を持つ人びとの職場環境を向上させようと、従業員リソースグループ(ERGs: Employee Resource Groups)と呼ばれる取り組みを導入する企業も増えています。例えば、LIXILでは、ジェンダー平等、多文化、障がい、働く親や介護者、LGBTQ+にフォーカスした5つのERGsをグローバル規模で結成。NIKEでは、黒人、ラテン系、ネイティブアメリカンなど人種別のネットワーク活動なども行われています。
似たような境遇にある従業員と悩みを共有し、連帯する。それによって安心感が生まれ、組織に自分の居場所があると感じられることが、離職率の低下につながっているとの声もあります。一方で、心理的安全性が確保された状態で労働環境などについて話し合うERGsの活動は、特権を持つ人びとには見えづらい「小さな声」を可視化し、組織に届ける強力な手段になり得るのではないでしょうか。
ERGsの活動を推進する企業の中には、メンター制度と連携させ、人材やリーダー層の多様化に取り組んでいるところもあります。その一例が、カナダの不動産会社Avision Youngです。同社では、女性従業員で構成されるERGsのメンバーにリーダー層のメンターをつけ、キャリア開発や課題について話し合う場を設けた結果、女性管理職比率が40%、女性役員比率も25%まで向上したそうです。組織の戦略や制度などを決める意思決定の場に、多様な視点を取り入れることは“マジョリティ”を中心につくられてきた組織や社会の構造を変えていく上で欠かせません。
また、ERGsから寄せられた声を組織の変化につなげるため、昨今では「エグゼクティブ・スポンサー」として執行役が活動を支援するケースも増えています。組織の制度や文化だけにとどまらず、商品やサービスにもERGsの声を反映させていくことは、特定の人たちが日常の中で感じる障壁を取り除くことにつながるはずです。
尊重するだけでなく、ニーズを汲み取りアクションに変える
DE&I(Diversity, Equity, Inclusion)への取り組みがうたわれるなか、採用や育成において性別や人種、民族などの多様性を重視する企業が増えています。しかし、多様な人びとが真に働きやすい・生きやすい環境をつくるためには、違いを尊重するだけでは不十分です。これまで見過ごされてきた「さまざまな人びとの中にある小さな声」を組織に届ける仕組みや、その声に丁寧に耳を傾けることが必要なのです。
寄せられた声に真摯に向き合い、制度や労働慣行などを変えていく。その姿勢こそが、共助し合える組織文化や“誰ひとり取り残さない”社会の実現につながっていくのではないでしょうか。
(岩村 千明/ライター)
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