「障害OR障がい?」社会が言葉を変え、言葉が社会を変える

2023 / 1 / 6 | 執筆者:宮原 桃子 Momoko Miyahara

(Photo by meeboonstudio via AdobeStock)

先日ある新聞記事で、部活顧問の激しい暴言を苦にして自殺をした高校生の親御さんが語っている言葉に、考えさせられることがありました。

部活動で明らかになっている体罰や暴力を、私は生徒に対する「虐待」だと思います。なのに、発覚すると「行き過ぎた指導」と言いますね。そこが既におかしいと思います。

社会の認知を左右する言葉

未だに絶えない多くの体罰事件に際し、「行き過ぎた指導」という言葉をよく目にします。この言葉には、指導の一環であるという正当化や、状況をソフトに見せる意図が見え隠れします。しかし、この親御さんの指摘の通り、これはまさに「虐待」であり、子どもの権利条約第19条「あらゆる暴力からの保護」に反するもので、「人権侵害」にあたります。言葉によって、社会に課題が知らしめられることもあれば、逆に社会の認知が歪められ、実態を過少に評価し、問題にしっかりと向き合わなくなるリスクも生じるのです。

その言葉は適切か? サステナビリティの領域でも

(Illustration by 星野スウvia AdobeStock)

エコネットワークスは、サステナビリティの領域で、言葉を含むコミュニケーションをご支援しています。執筆する中でも、企業の皆さまとお仕事をする中でも、「この言葉は適切か?」という問いや議論が生まれることもよくあります。例えば…

【障害と障がい】

「障害者」「障がい者」どちらもよく目にする言葉です。日本では特に戦後から「障害」が主に使われてきましたが、近年ではネガティブなイメージを持つ「害」という漢字を人に使うことを避けるため、自治体や企業など「障がい」を使用するケースが増えています。どちらを使うかには賛否両論があり、内閣府で検討会が開かれた経緯もあります。

最近では、障害のある人びとを支援する団体などから、障害は障害者自身にあるのではなく、社会こそが物理的・心理的な障害を創り出しているため、あえてその「害」を隠すべきではないとして、「障害」を使うというスタンスが示されることも増えています。たとえ身体などに不自由があっても、社会のインフラや環境、支え合いの意識などが整っていれば、それは障害にはならないはずです。言葉の議論を通じて、社会全体に対して根本的な考え方を問いかけるきっかけになっています。

【性的マイノリティ】

LGBTという言葉は、すでに日本社会でも広く認知されています。最近は、LGBTに当てはまらない性的指向・性自認を持つ人びとを含める「LGBTQIA+」といった言葉も広がり始めています。末尾に「+」と記されているように、どんなにカテゴライズしようとしても、しきれないのが人間の多様性です。こうした多様な性を包摂するために、日本のビジネスシーンでもよく使われるのが「性的マイノリティ」という言葉です。

ただ、「マイノリティ」とすることが適切なのか、私は疑問に思います。例えば、マジョリティとされる異性愛者も、一人ひとりの性的指向は多様である中で(詳しくはこちら)、マジョリティとマイノリティという構図に分ける言葉は的確とは言えず、さらには社会の中で差別を助長するリスクがあると感じます。

【マンパワー】

「マンパワーが不足している」といった形で、よく目にするこの言葉。しかし、「マン(男性)」を前提・中心とした言葉にあたるとされています。米カリフォルニア州バークレイ市では、性差による区別のない用語を使用することを議会で可決し、マンパワーもNGワードとされています。日本語では「労働力」「人材」といった表現を用いることが適切でしょう。

ジェンダーや障がい、人種、民族、年齢、経済的地位など、あらゆる要素における多様性を意識し、誰も差別せず、誰にも疎外感を与えない表現を「インクルーシブ・ランゲージ(inclusive language)」と呼びます(詳しくはこちら)。エコネットワークスでは、社内で「インクルーシブ表現勉強会」を開催し、すべての記事掲載時に「インクルーシブな表現」の観点からチェックを行っています。

言葉への「問い」を続けること

(Photo by marucyan via AdobeStock)

人権意識の高まりとともに、社会が変化することで、言葉に変化が生まれています。一方で、言葉の方を変えていくことで、人びとの認知や社会が変わっていくこともあります。

例えば、かつては当たり前だった「看護婦」が「看護師」に置き換わっていく中で、職業やジェンダーに関する固定観念や縛りが薄れ、男性看護師は全体の8%程度ながらも増えています。前述の「性的マイノリティ」といった言葉も、特定の人びとをグループ化して表現するのでなく、性の多様性を尊重する/あらゆる性的指向・性自認を尊重するといった表現にすることで、こちら側(マジョリティ)とあちら側(マイノリティ)を分ける社会認知も変わっていくのではないかと期待しています。

今当たり前のようにある言葉が、果たして最善のものなのかどうか。社会の現状や課題を伝えるために、新たな言葉や表現はないか。言葉や表現に絶対的な正解はありませんが、大切なのは、一人ひとりや組織が「言葉に対する問い」をし続けることなのではないでしょうか。その積み重ねが、より良い社会に向けた変化の波を広げていくかもしれません。私自身も書くことを仕事にする者として、問い続けていきたいと思います。

宮原桃子/ライター)

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