Sustainability Frontline
効果的な健康経営とは?AI活用や従業員への個別対応がカギ
昔から多くの企業が、「従業員の安全と健康はすべてに優先する」を基本理念に掲げてきました。特に安全については、管理体制が確立され、リスクの特定、意識強化、設備投資を含む対策の実施など、改善・予防に向けたPDCAサイクルが定着しています。さらに今、日本では「健康経営」という言葉とともに、従業員の健康維持・増進に向けた取り組みが広がりを見せています。しかし、果たして本当に効果的な健康経営が行われているのでしょうか。
急速に広がる「健康経営」、一方で課題も
健康経営とは、従業員の健康管理を経営課題と捉え、個人の健康増進を促すことで、生産性などの業績向上を図る経営手法のことです。日本では働き方改革や労働力確保の観点から、特にこの5年ほどでその重要性が高まっています。
経済産業省が実施している「健康経営度調査」の2021年度の回答企業数は、全体で2,869社(上場企業1,058社を含む)でした。初年度(2014年)の493社から5倍以上となっており、健康経営に取り組んでいる、または関心のある企業は急速に増えています。
一方で、健康経営を効果的に推進する体制が確立されていないケースもあります。私は以前、企業の安全衛生担当者として働いた経験があるのですが、その活動内容はストレスチェックやメンタルヘルス教育、ウォーキングイベントなどの実施に留まっていました。現状や課題を分析し、改善や予防を促す仕組みは十分に確立されていなかったといえます。
従業員の健康データを分析、改善につなげるデータヘルス
従業員の健康状態を把握し、維持・増進を図っていくためには、連続性のあるヘルスデータの取得や分析、その結果を反映した施策が不可欠です。
花王では、健康診断、生活習慣、医療費などのデータの経年比較を、グループ会社・事業場・職種別などの視点から行う「花王健康白書」を毎年作成。現状や課題、取り組みの進捗を確認するとともに、それぞれの特色に応じた健康づくりを推進しています。データヘルス※の推進によって従業員の健康意識が高まった結果、早期の受診が促進され、重症化を防止。長期休業者数は6年間で32%減少したそうです。
※健康診断やストレスチェックなどの結果を電子化し、ビッグデータの分析を健康増進や病気の予防に活用する取り組み
「個」に焦点を当てたリアルタイムソリューション
効果的な健康経営を推進していくためには、従業員の健康状態と業績の相関関係なども知る必要があります。また、従業員の健康状態をリアルタイムに把握し、改善につなげることも重要です。
SOMPOホールディングスでは、従業員の健康診断やストレスチェックの結果、生活習慣などのデータと、労働時間やプレゼンティーイズム(心身の健康状態による生産性低下がもたらす損失)との関係性をAI分析しています。子会社のSOMPOひまわり生命では、全従業員にウェアラブル端末を提供。日々の健康状態のデータと健康診断結果などを組み合わせた分析を進めると同時に、従業員自身の健康意識の向上を図っています。
さらに、健康経営の先進国である米国では、近年多くの企業が従業員個人を対象にした「デジタルヘルスソリューション」を導入しています。日本総合研究所が昨年公表した調査によると、Limeadeなどのモバイルアプリを活用し、体温、睡眠時間、歩数、脈拍などのデータから従業員の日々の体調の変化を的確に捉え、体調に応じたアドバイスをリアルタイムで行う手法が拡大しているといいます。企業が個々の健康状態をリアルタイムに把握できれば、適切な相手に必要なサポートを提供することもできます。
点と点をつなぎ、より大きな「インパクト」を
先日、国際労働機関(ILO)は、労働に関する最低限の基準を定めた「中核的労働基準」の5番目の分野として「安全で健康的な職場環境」の追加を発表しました。人権の基本ともいえる従業員の健康。それを守りながら企業競争力につなげるためには、推進体制を構築し、従来の健康維持・増進策を経営戦略と結びつけた戦略マップなどの策定が必要です。
さらにインパクトのある取り組みとしていくためには、さまざまなデータを結び付け、定量的に効果を測定・分析することが第一歩。分析結果やデジタル技術を活用したリアルタイムでのヘルスソリューションや、全社画一的な取り組みから一歩踏み込んだ「従業員一人ひとりに焦点を当てたアプローチ」が、カギとなりそうです。
(岩村 千明/ライター)
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