サプライチェーンに潜む「現代の奴隷」 強制労働にNO

2021 / 5 / 6 | カテゴリー: | 執筆者:宮原 桃子 Momoko Miyahara

新彊ウイグル自治区におけるウイグル族への人権侵害問題で、H&Mやナイキ、ユニクロなど大手グローバル企業の動向が、連日のように報道されています。特に、中国で生産される綿の8割以上を占める「新彊綿」の畑における強制労働の疑いが注目され、H&Mやパタゴニアは新彊綿の調達を停止、無印良品は新彊地区の契約農場での行動規範違反を否定、ユニクロは新彊綿の使用有無については言及を避けつつ、自社サプライチェーン全体における強制労働を否定するなど、各社がこうした強制労働問題に対してどのような姿勢や方針、対策を示すかが、ブランドの存続に関わるほどの大きなカギとなっています。ウイグル強制労働問題は、太陽光発電用の多結晶シリコン生産でも疑いが指摘され、米国の大手電力会社「デューク・エナジー」やフランスの「エンジー」など175の太陽光発電関係企業が、サプライチェーンに強制労働がないことを保証する誓約書に署名するなど、多方面に影響を及ぼしています。

さまざまな産業で見られる、深刻な強制労働の実態とは?

サプライチェーンにおける強制労働や児童労働などの人権侵害は、EV生産に欠かせないコバルトなどの鉱山や、スーパーに並ぶ海産物を漁獲する漁船、チョコレートの原料であるカカオの畑など、さまざまな産業の現場で起きている深刻な問題です。国際労働機関(ILO)によると、強制労働や強制結婚などいわゆる「現代奴隷(modern slavery)」を強いられている人びとは、2016年時点で世界に4000万人以上に上り、4人に1人は子どもです。強制労働には、農業や建設業、製造業、家内労働などの産業のほか、性的搾取、国家による強制労働などが含まれています。

壮絶な強制労働の実態を世界に知らしめた事例としては、2016年にピュリツァー賞を受賞したAP通信による水産業界の強制労働の報道があります。インドネシアの島で、ミャンマーやタイ、カンボジア、ラオスなどの漁師たちが、檻のついた小屋に閉じ込められ暴行を受けながら強制労働に従事し、またタイにあるエビの皮むき工場でも、ミャンマーなどからブローカーに連れてこられた労働者が、非常に低い賃金もしくは無給、説明なしの賃金カット、暴力、休日や休憩時間もほとんどない劣悪な労働条件下で、強制労働をさせられるなどの実態が明らかになりました。

これらの魚介類は、アメリカ大手の食品小売企業であるウォルマートやシスコ、ファンシーフィーストなどのペットフード会社、日本の大手水産会社のマルハニチロの子会社などに卸されていたほか、日本市場向けのキハダマグロも含まれていました。報道は、私たちがスーパーで手に取る生鮮や冷凍の海産品の裏側に、このような現実があることを突きつけるとともに、サプライチェーンに潜む巨大な問題の氷山の一角を示すものとして、世界に衝撃を与えました。報道をきっかけに、2000人以上の漁師が解放されました。

AP通信社による関連動画

人権尊重は企業活動の根幹 世界から求められる企業の取り組み

こうしたサプライチェーンにおける人権課題については、時代とともに企業の取り組みは活発化し、最近ではブロックチェーンを活用して、人権課題を含むサプライチェーンの情報を管理する事例なども増えています。しかし、サプライチェーンにおける強制労働リスクに取り組む企業評価指標を運用する「KnowTheChain」が公表している「情報・コミュニケーション技術」「食品・飲料」「アパレル・靴」セクターに関するレポートによると、平均スコアが100点中30点前後と全体として取り組みは不十分であり、日本企業は下位に低迷しているという現状があります。※

このような状況下で、人権尊重に対する世界的な枠組みや動きも急速に深化しています。昨年10月に「責任投資原則(PRI/Principles for Responsible Investment)」の事務局は、今後5年間で全てのPRI署名機関が「ビジネスと人権に関する指導原則」が示す人権を尊重できている状態を目指すためのアジェンダを発信しています。また、世界最大の資産運用会社である米Blackrockも今年3月に、人権課題に焦点を当てた新たなスチュワード・ポリシーを投資先に向けて発表しています。

冒頭のウイグル問題での企業に対する厳しい評価・反応を踏まえても、人権尊重が企業活動の根幹にあることは明らかです。ウイグル問題では、中国との関係性を意識した政治的な判断などから、明確な対応や方針表明をしていない企業もありますが、どのような状況であれ企業として確実になすべきことは、サプライチェーン全体の状況把握・評価や対策の実施など人権デューデリジェンスを徹底し、強制労働を徹底的に排除する取り組みを積み重ねることです。さまざまなリスク対策としてだけでなく、企業のブランド価値の維持・向上のためにも必要不可欠と言えます。

※KnowTheChainのベンチマークについては、エコネットワークスのこちらの記事もご参照ください。なお、KnowTheChainの食品・飲料分野のレポート2020は、エコネットワークスのパートナーが和訳・デザインを担当しています。

宮原桃子(ライター)

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