NET ZERO は NOT ZERO ネット・ゼロの落とし穴に注意

2021 / 3 / 4 | カテゴリー: | 執筆者:野澤 健 Takeshi Nozawa

昨年10月、日本でもようやく2050年のカーボン・ニュートラル達成が公式に宣言されました。一方で世界に目を向けると、2050年に炭素排出をゼロにすることは既定路線となり、さらに目標達成の前倒しに向けて議論が加速している状況です。

企業からは実質的な炭素排出をゼロにする「ネット・ゼロ目標」が次々と打ち出され、日本企業からもコミットメントが相次いでいます。そうしたある種のネット・ゼロ目標の乱立に対し、「ネット・ゼロ」が排出の責任をうやむやにしたり、取り組みの遅れを表面的に繕ったりするために使われるべきではないとして、NGO6団体が「NET ZERO は NOT ZERO」と警鐘をならしています。レポート「NOT ZERO: How ‘net zero’ targets disguise climate inaction」では、

  • ・炭素排出が”実質”ゼロであっても、排出がゼロになっているわけではない
  • ・ネット・ゼロが達成されるまで大気中のCO2は増え続ける
  • ・大気中の炭素を回収・除去するための技術の大規模な導入は、自然環境に大きな負の影響を及ぼす可能性がある
  • ・炭素回収や植林のプロジェクトの多くが、過去の排出に責任のない南の国々で行われることで、新たな「炭素植民地化」を引き起こす懸念がある

といった点を指摘し、大気中には既に多くのCO2が排出されており、2050年では遅すぎるという危機感の下、公平性にも配慮しながら排出を真のゼロに近づけるための抜本的な取り組みを政府や企業に求めています。

排出削減の目標に対して、「2℃より十分に低く、可能な限り1.5℃以内に抑える」パリ協定に科学的に沿ったものであるかを認証するSBTi(Science Based Targets initiative)でも、ネット・ゼロ目標に対する新たな認証制度の検討が進んでいます。

昨年発表されたレポートでは、企業がネット・ゼロに取り組む方策として

  1. 事業活動と上流・下流まで含めた自社のバリューチェーン全体での排出削減(スコープ1~3)
  2. 大気中のCO2除去(中和策)
  3. バリューチェーンの外での排出削減(補償策)

があり、とにかく1が重要であること、中和策への依存は限定的なものとすること、補償策はあくまでネット・ゼロ達成までの移行期間で許容されるもの、といった整理がされています。ネット・ゼロ目標に対する10の推奨事項(レポートP35)も提示されており、企業が取り組む上で参照することが期待されます。

最後に、ここまで述べたような考え方を踏まて、実際にいくつかの企業のネット・ゼロに対する取り組みを見てみると、どのようなことが言えるでしょうか。

武田薬品は、バリューチェーン全体で2019年度カーボンニュートラルを達成したと発表しました。現在時点で達成しているのは素晴らしいことですし、2040年度までにスコープ1、2についてオフセットなしでのカーボンゼロ達成と、スコープ3の排出量半減を宣言しています。今後はどのように目標を達成するかという点の具体化と、削減内容のより詳細な開示が望まれます。

米マイクロソフトは2030年までに炭素の回収・除去が排出を上回るカーボン・ネガティブを達成し、さらに2050年までに創業以来の直接排出・電力消費による排出分を大気から除去するとしています。壮大な目標が注目を集める一方で、大規模な植林プロジェクトや将来の技術への過剰な期待、また石油会社との長期契約に伴う間接的なCO2排出増加といった懸念の声も示されています。

英蘭シェルは2050年までにネット・ゼロとし、石油の生産量を2019年をピークに年1~2%のペースで減らしていく方針を打ち出しました。実は昨年に一度ネット・ゼロ目標を発表していましたが、その時点では他の石油企業と同じくスコープ1、2の自社排出分のみが対象であり、取り組みが不十分との声もあり、今回スコープ3を含めたバリューチェーン全体を対象に目標の引き上げがなされました。シェルの発表は石油業界の大きな転換点と言えますが、一方で現状では2030年まで石油の生産量は増え続けることが想定される反面1.5℃目標達成には年6%の生産量削減が必要と試算されており、業界全体として更なる取り組みの加速が不可欠です。

「ネット・ゼロ」の宣言は重要な一歩ですが、スタートラインに過ぎません。気候危機の一層の悪化を止められるかどうかは、「実質ゼロ」でよしとするのではなく、早期に排出量をどれだけゼロに近づけることができるかにかかっています。企業はそうした危機感に立脚した上で、排出削減のための戦略を具体化し、透明性のある形で進捗を開示しながら、脱炭素に向けた抜本的な変革を進めていくことが求められています。

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