世界最低ランクの日本 「平飼い卵」に見るアニマルウェルフェア

今月、吉川貴盛元農林水産大臣が、大手鶏卵会社の元代表から現金500万円を受け取ったとして、収賄罪で在宅起訴されました。背景には、日本が「アニマルウェルフェア(動物福祉)」の国際水準に追いついておらず、策定中の採卵鶏に関する国際基準案を業界として阻止する意図があったことが明らかになっています。「アニマルウェルフェア」とは、家畜の動物としての幸せや人道的な扱いを実現するために、ストレスのない環境や方法で飼育することを意味します。

私が初めて「アニマルウェルフェア」を考えたきっかけは、ドイツでの生活でした。すでに10年以上前のドイツで、牛肉や豚肉、鶏肉に大量に使われている抗生物質が大きな問題となっていたのです。一般的に家畜は、狭くて劣悪な環境で育てられており、病気を防ぐために抗生物質が投与されているケースが多く、家畜の中でこれに対する耐性菌が生まれ、人への影響が危惧されていました(参考情報は、こちら)。抗生物質を投与しなければならない環境で、家畜が育てられているということも問題視されていました。

私たちが日々口にする肉や卵は、いったいどんな環境から届けられているのでしょうか。冒頭の事件のきっかけとなった、日本の採卵鶏場の様子を見てみましょう。ワイヤーでできた金網のケージ「バタリーケージ」に過密状態で詰め込まれている状況は、非常に衝撃的です。1羽入るのがやっとの狭いケージの中で、脚が折れる鶏、病気で衰弱した鶏、卵を産み続けることによって生殖器のダメージから卵が詰まり、腹水や腫瘍を患う鶏など、こうした環境下で鶏がどのような一生を終えるのかがわかります。NPO法人アニマルライツセンターによると、日本の養鶏場の9割以上がバタリーケージを使用しており、これは私たち日本の消費者が目をそらしてはいけない現実です。

一方世界では、バタリーケージ禁止の動きが加速しています。EUでは2012年から全面禁止、米国や豪州の一部の州でも禁止されているほか、スイスなどケージ飼育そのものを廃止する国もあります。ケージフリー、つまり平飼い卵(※)などに移行する動きは活発になっており、ケージフリー率はEUは50%以上、米国でも20%以上となっています。グローバル企業も、スターバックスが2020年中に完全移行、ネスレは2025年までの実現を表明するなど、取り組みが広がっています。平飼い方式の中でも、多段式にして多くの鶏を収容できるエイビアリーシステムなどが普及し始めていることも、企業の導入を加速させています。

(※)平飼い:鶏舎内や養鶏場の屋外で、平らな地面に放す飼い方

広い土地で採卵鶏を平飼いしている様子(筆者の住む地域の養鶏場で撮影)

アニマルウェルフェアは、そのほか肉用鶏や豚や肉牛・乳牛などさまざまな畜産物に関連し、拘束する飼育や非人道的な屠畜方法などからの転換が進められています。182カ国が加盟する世界動物保健機関(OIE)が、アニマルウェルフェアの取り組みを推進しており、すでに乳牛やブロイラー、豚、養殖魚を含む「動物福祉基準」を採択しています。冒頭の事件のきっかけとなった採卵鶏の国際基準については、現在策定中です。また、世界食糧農業機関(FAO)の世界食料安全保障委員会で採択された「農業と食料システムの責任ある投資のための原則」においても、アニマルウェルフェアが明記されるなど、世界でのアニマルウェルフェアに関する取り組みが進んでいます。またグローバル企業では、アニマルウェルフェアポリシーを公表することが、一般的となってきています。

こうした世界的な変化の中で、アニマルウェルフェアに関する日本の評価は低下する一方です。世界動物保護協会(WAP)が発表した2020年の動物保護指数(API)では、日本の総合評価はEランク、特に畜産動物の保護に関する法規制はGランクと最低評価で、G7で最下位となっています。なぜ日本は、このような状況のままなのでしょうか。

畜産動物保護の法規制に関する世界ランキングのマップ(世界動物保護協会(WAP)ホームページより)

卵を例に見ると、効率とコストカットを優先する背景には、価格の問題が深く関わっています。巷のスーパーでは、10個パックで200円を切る商品(1個あたり20円前後)がたくさんあります。業界団体である日本養鶏協会のホームページでは、「鶏卵は戦後から今日までの70数年間、価格が変わらず物価の優等生といわれています。(中略)しかし、鶏卵をつくる養鶏家はいま、鶏に与えるエサの猛烈な値上がりで大ピンチ。エサ代が卵の生産原価の5,6割も占めているからです」と紹介されています。それでも低価格・大量生産を支えるために、家畜の権利や福祉が犠牲となっている現実があるのです。また、日本は畜産物の輸出が少ないことも、世界のアニマルウェルフェアの潮流から取り残されている要因の一つと言えそうです。

ただ、日本でも少しずつ変化の波は起きており、身近なスーパーでも「平飼い卵」を見かけるようになっています。筆者の住むエリアでも、主なスーパーには一種類は平飼い卵が置かれており、消費者の認知度も変わりつつある印象を受けました。アニマルライツセンターが2019年に全国24都道府県270店舗で行った調査によると、約半数が放牧・平飼い卵を販売しているという結果でした。日本でケージフリーを宣言している企業も、IKEAやスターバックス、ネスレ、ユニリーバ、大手ホテルチェーンなど増えつつあります(一覧はこちら)。

「どうせ食べられてしまう動物なんだから」と、家畜の権利や福祉を軽視することは、もはや倫理的にも世界情勢としても、受け入れられない時代になっています。たとえ短い一生であったとしても、それぞれの家畜には意識や感覚があり、動物本来の生態や欲求を守られるべき存在なのです。

日本政府は2030年までに、畜産物を含む農林水産物・食品の輸出を5兆円にする目標を掲げています。畜産企業だけでなく、小売やサービス産業を含め、さまざまな形で畜産物に関連する日本企業は、グローバル展開する上でも、アニマルウェルフェアに関するポリシーが求められることはもちろん、規制が進む欧米市場などで法令順守を求められています。

今後日本のアニマルウェルフェアが進むかどうかは、企業の取り組みとともに、私たち消費者一人ひとりの選択にもかかっています。アニマルウェルフェアに配慮した商品を選んでいくことが、企業そして市場全体の変化につながっていくのです。次に卵を買う時は、ぜひ平飼い卵を探し、もしも商品がなければ、お店に置いてもらうようリクエストしてみてはいかがでしょう?

宮原桃子/ライター)

 

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