蘭ABNアムロのレポーティングに学ぶ

2020 / 2 / 29 | カテゴリー: | 執筆者:野澤 健 Takeshi Nozawa

一昨年、一般財団法人 企業活力研究所のCSR研究会の事務局の一員として、非財務情報開示をテーマにした報告書の取りまとめを担当しました。

平成29年度「CSR研究会」報告 ―新時代の非財務情報開示のあり方―(多様なステークホルダーとのより良い関係構築に向けて)

その中で、複雑化する企業の情報開示のあり方について、以下の4つの提言がなされています。

提言1: 社会の持続可能性と自社にとってのリスクと機会の関係を見極め、中長期の価値創造活動を整理する
提言2: 重要なステークホルダーの期待を把握し、自社の事業特性を踏まえたコミュニケーション戦略を構築する
提言3: 経営トップが先頭に立ち組織的な統合戦略の策定と開示文化の醸成を推し進める
提言4: 企業特性に応じた情報開示を追求する

この提言で示している方向性をまさに体現し、更に一歩先に進もうとしているなと感じたのが、オランダの銀行ABNアムロです。

ABNアムロのレポーティング体系は以下のようになっています。

1.Integrated Annual Review
2.Annual Report
3.Impact Report
4.Human Rights Report
5.Value-Creating Topics
6.Sustainability Facts and Figures & Engagement
7.Abbreviations and Definitions
8.Pillar 3

レポーティングの方針は”core and more”。核となる重要な部分を軸に、できるだけ多くの情報を開示し透明性を高めていくことを掲げています。それぞれ簡単に説明していきます。

1.Integrated Annual Review(統合アニュアルレビュー)

「統合報告書」に該当するもので、中長期の価値創造戦略を報告する、レポーティングの核となるものと位置付けています。全56ページあり、価値創造モデル、社会トレンドと機会とリスク、戦略、パフォーマンス、ガバナンス、アペンディクスで構成されています。

報告書では、ステークホルダーを起点に、IIRC統合報告フレームワークで提唱されている財務・製造・人的・知的、社会、環境の6つの資本に基づき、価値創造のプロセスが描かれています。ビジネスモデルを実行していくための3つの戦略的優先分野(顧客のサステナビリティへの移行を支援する、新しい顧客体験を創造する、時代にあった銀行となる)が設定され、それぞれターゲットとKPIが設定されています。

財務と非財務の側面に関する重要な情報がコンパクトにまとまっており、とても読みやすいです。

2.Annual Report(アニュアルレポート)

企業に開示が要請されている規制要件に対応して、財務と非財務に関する情報をまとめた報告書です。270ページあり、取締役会報告、監査役会報告、財務報告から構成されています。

3.Impact Report(インパクトレポート)

自社の事業活動が社会に及ぼす「インパクト」に焦点をあてた、2018年版が初めての発行となる36ページの報告書です。

「Integrated Profit & Loss(統合P&L)」の考え方を元に、既存の財務報告では外部性として考慮されない環境面や社会面の価値を、財務換算し定量化することで、それぞれのステークホルダーに対して実際にどれだけの価値を創造しているのかを報告しようと試みています。

統合的な価値創造を実現するにはまず、自社が与えているインパクトにはどのようなものがあるのかを理解することが必要です。そして時に生じる、インパクト間、ステークホルダー間、短期と中期でのトレードオフを調整していくことが、マネジメントを行う上では求められます。こうした一連の情報を見える化し開示することで、マネジメントの質向上と、ステークホルダーとの共通理解の構築を目指しています。

具体的には、1.ステークホルダーに対して創造した価値、2.投資家に対して創造した価値、3.悪影響を与えない、4.SDGsへの貢献、の4つのステップで、統合P&Lを作成しています。

現状では実験的な要素も多分にあり、今後改善を重ねながら開示の質を高めていくとしています。

4.Human Rights Report(人権レポート)
人権に特化した76ページの報告書です。顕著な影響を与える人権課題(salient issues)を特定し、それぞれの課題への対応について報告しています。

人を中心に据え、自社の4つの役割(個人向け金融サービス提供者、雇用者、法人向け貸手、投資サービス提供者)から顕著な影響を与える人権課題を整理しています。

5.Value-Creating Topics(価値創造課題)
自社にとって重要な価値創造に関する課題(マテリアリティ)の特定について報告している9ページの報告書です。マテリアリティ特定のプロセスが説明されています。

ここで特定されたマテリアリティを起点に、「統合アニュアルレビュー」で説明されている「3つの戦略的優先分野」が設定されています。

6.Sustainability Facts and Figures & Engagement(サステナビリティデータ&エンゲージメント)
データに特化した24ページの報告書です。雇用や環境に関する数値の他、赤道原則の適用状況や投融資先に対するエンゲージメントに関する一覧など、金融機関として求められるサステナビリティ関連のデータがまとまっています。

7.Abbreviations and Definitions(用語集)
レポーティングで使用している用語をまとめた用語集です。

8.Pillar 3(第3の柱)

バーゼル銀行監督委員会が公表した自己資本比率規制の「開示要件(第3の柱)」に関する開示項目がエクセルでまとまっています。

その他にも同社のウェブサイトにいくと、企業として対応が難しい様々な社会課題について、担当役員と有識者が対談する「ジレンマ」という動画シリーズもあります。

ここまで網羅的・総合的な情報開示を行うことは容易ではなく、一足飛びにできるものでもありません。しかし情報を透明化し、体系的に整理し、わかりやすく報告することは、企業規模を問わず、マネジメントの質の向上とステークホルダーの共感醸成には必要不可欠です。

複雑化する時代において価値を創造し続けていくためにも、同社の姿勢を見習い、私たちもできるところから取り組んでいく必要があります。

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