ENW Lab.
漆に向き合い、自分に向き合う~サステナブルな働き方と自分時間の過ごし方
昨年の終わりから漆教室に通っています。
私の夫は木工作家で、木の器やカトラリーを作っています。木製品は塗装しないと、美しい状態で長く使うことはできません。でも、器やカトラリーには、いくら安全基準を満たしているとしても、ウレタンのような化学塗料は使いたくありません。これまでは、安全性に配慮して、オイルフィニッシュをしていましたが、オイル塗装はメンテナンスをしないと耐久性の面で問題があります。そのため、漆を使ってみたいと考えていました。
日本の漆文化は縄文時代に遡ると言われています。職人が山の手入れをして漆の木を育てながら、自然と共生して受け継いできた日本の伝統文化です。安全で、赤ちゃんが使う食器にも使えるうえに、木を丈夫にし、防水効果が高く、光沢が美しい、と塗料として非常に優れた性質を持っており、その有用性は今なお色褪せることはありません。
ただ、漆は非常に強いアレルギー物質でもあり、扱いには色々と気をつかうと聞いていたので、なかなか手を出せずにいました。
そんな折、博物館の方がドイツで拭き漆のワークショップをするからと、夫の作るスプーンをたくさん注文してくださいました。そこで博物館までお話を聞きに行き、その場で拭き漆を教えてもらう好機にめぐまれ、良い漆教室も紹介していただけることになりました。
拭き漆
漆教室では、まず拭き漆を教えてもらっています。
拭き漆というのは、木地に生漆(きうるし)と呼ばれる漆を刷り込んで仕上げる技法です。何度も漆を塗り重ねるのですが、その度に余分な漆をすぐに拭き取るので「拭き漆」。
いわゆる「漆器」と違い、自然の木目を生かすことができ、その光沢で美しい木目が一層引き立ちます。
拭き漆の工程
- 木地調整
漆を塗る前に先ず木地をしっかり作ります。サンドペーパーで、徐々に番手を上げて、つるつるに。 - 木地固め
木地に生漆をすりこみ、拭き取ります。
ポイントは、木地が吸いこむだけたっぷりと塗り、余った分を拭き取ること。 - 拭き漆
刷毛で漆を塗り、すぐに拭き取ります。乾いたら同じ作業を繰り返します。
漆に含まれている「ウルシオール」という成分が硬化して硬い塗膜を作るのですが、それには温度と湿度が必要です。
温度は25度~28度、湿度70%~85%程度。温度と湿度を保つため「ムロ」と呼ぶ専用のスペースを用意します。趣味の範囲なら、ダンボールや衣装ケースに濡らしたタオルを入れておけばその環境が作れます。
5日以上おいて、同じ作業の繰り返しです。
先生からは「最低3回、できれば5回」と言われましたが、芸術作品と言われるようなものを作る方だと、20回、30回と塗ったりするそうです。3回塗りでも完成まで早くて1ヶ月。
30回塗り重ねるとして、どれほどの時間がかかるのか・・・
漆を塗る作業はとにかく丁寧かつ素早く。手跡を残さないよう慎重に、そして、ムラにならないようにしっかりと拭き取ります。
もうひとつ重要なのが作業場の掃除。漆に埃は大敵なのです。拭き漆なら、拭き取ってしまうのでそこまで神経質にならなくてもいいと教わりましたが、塗りで仕上げるとなると大変です。
先生が商品、作品の仕上げ(上塗り)をする時は、作業部屋の床、壁、天井を水拭きし、しばらく待ってもう一度水拭きしたうえで、食品加工の人が着るような全身ビニール素材の服を着て作業するそうです。
こう聞くと敷居は高いですが、いつか、塗仕上げにも挑戦してみたいと思っています。
カシュ―漆
そして、もう一つ、とても面白いことを教えていただきました。
本漆の代替品として使用されているカシュ―漆。
あのカシューナッツの殻から抽出されており、質感や特徴は漆とほとんど一緒。安全で優秀な天然塗料なのです。
・塗る際に匂いが気になる。
・食品衛生法に適合していないので器には使えない。
という短所もありますが、カシュ―漆は、DIY店で安く売られており、本当に気軽に使えます。しかも、アレルギー反応が出ません。そして、カラフルな色があり、仏壇などには漆の代用品として一般的に使用されているそうです。
練習を兼ねて、夫が作ってくれたアップルペンシル立てのリンゴを赤いカシュ―漆で塗ってみました。写真の状態で2回塗り(乾燥を含めて3週間ほどかかりました)。最後にもう1回塗ります。とても柔らかな赤で、気に入っています。
漆に向き合う時間
漆教室に通いだして、漆という素材の魅力だけでなく、漆に向き合う時間に魅力を感じています。
目の前のものに漆を刷り込む作業では、瞑想をしているような集中と解放を味わえます。そして、ゆっくりとした時間の流れで、薄い膜を塗り重ねて、わずかな色の変化を楽しむ‥‥とても贅沢な時間です。
リモートワーカーとして自宅で納期に追われて仕事をしていると、目の前の作業で頭がいっぱいになり、日々の暮らしを丁寧に紡ぐ余裕や、自分自身に向き合う時間が失われがちです。漆に向き合う時間は、自然のなかを散歩するのと同じように、本来の自分に戻れる時間。サステナブルな働き方を実現するには、こういう自己回帰の時間がとても重要だと思います。
(撮影・執筆:渡辺 千鶴)