ENW Lab.
サステナブルな価値を生み出す「広場」としてのTSA
エコネットワークス(ENW)から派生したTSA(Team Sustainability in Action)が本格的に活動を始めて約4年が経ちました。ENWの事業に携わった経験のある人のうち、現在58名がTSAに参加していますが、「TSAとは何か?」についてはTSAパートナーの間でもイメージが共有しきれていないところも多く、まだまだ試行錯誤中です。
そこで、TSAにジョインして日が浅い筆者が、「先輩」に当たる方々にオンラインインタビューを敢行。素朴な疑問を投げかけながら、TSAが何を志向しているのか?参加者にとってTSAはどんな場なのか?など、TSAの輪郭を探ってみようと試みたのが本レポートです。
インタビュー・執筆:小島 和子
生まれも育ちも東京のフリーランス。編集・執筆・出版プロデュー
●世界に散らばる「個」の可能性を追求する
TSAパートナーで共有されている「TSAガイド」にはこう記されています。
「個」を起点につながり、それぞれの得意なこと、好きなことを生かしながら、生活で、仕事で、各自のペースで行動を起こしていく。そのきっかけ作りの場が「TSA」です。
TSAとは、「個」が輝くサステナブルな社会の実現に向け、自らサステナブルに変わっていくための機会を共有し実践していくための場です。
「個」を起点につながるとは、どういうイメージでしょうか。そもそもTSAの母体となっているENWも、そのミッションに「『個』が輝くサステナブルな社会を実現するため、波を起こす一滴の雫になろう」と掲げており、「個」をとても大切にする組織です。従来の「会社と従業員」というカタチではなく、一人ひとりが自らの知識、経験、実践を積み重ね、距離や文化、言語の垣根を越えて混ざり合い、チームとして価値を生み出すのがENW流です。
ENWにいわゆる「正社員」は5名しかいません。プロジェクトが立ち上がる都度、さまざまな専門性を持った「パートナー」がチームを組み、大手上場企業からNGO/NPOまで、さまざまなクライアントのサステナブルな取り組みの実践とコミュニケーションをサポートしています。
そんなENWからTSAが生まれたきっかけは、ある大手メーカーのプロジェクトでした。世界中のエコなアイデアを集め、映像や写真のコンテンツとして発信するというものでしたが、このプロジェクトを担ったのは世界各地に散らばるパートナーたち。プロジェクト開始から最後まで、実際に顔を合わせることはありませんでした。この経験を通してENW代表の野澤 健さんは、「すべてリモートで実現したことで、『個』を起点としたネットワークの可能性を肌で感じた」のだと言います。
「かかわるTSAパートナーが『個』としての主体性を発揮し、もっと内発的な思いからサステナブルな社会づくりに向けた実践を仕事や生活で重ねられる場が欲しかった」と野澤さんは振り返ります。こうした経験を経て、クライアントワークを中心に行う事業体であるENWとはまた別に、もう1つのゆるやかなネットワークをつくろうとTSAが誕生しました。
●軌道に乗るまでは試行錯誤の日々
趣旨に賛同したメンバーが集まり、TSAの方向性や実現したいことについて議論が始まりました。サステナブルな社会を目指すという「大きな絵」は共有しているものの、日頃は全員がオンラインでつながっていて、割ける時間も関心も人によってまちまち。なかなか具体的な活動スタイルが見えてきませんでした。
それでも何度もメールニュースやSNSによる情報共有の仕組み作りや勉強会などのイベントを試行しながら、1つの形が見えてきたのが2016年のこと。個人としての働き方に関する強い思いを出発点に、ENWで実践してきたリモートワークのノウハウをまとめた冊子「暮らしと仕事の質を高めるためのリモートワーク実践BOOK」を発行しました。「そもそも、なぜリモートか?」という問題提議から始まり、リモートワークで働く人、メンバーを管理する人、リモートワーク中心の会社を経営する立場、そうした会社に仕事を依頼するクライントという4つの「個人」の視点から整理したものです。
さらに2018年には、「リモートワーク実践ブック Vol. 2」を発行しました。この続編で大切にしたのは、仕事(ワーク)だけでなく、生活・人生(ライフ)も大切にする姿勢と、できるだけ多くのパートナーの経験を引き出し、形にすること。折々に訪れるさまざまなライフイベント別に、編集プロジェクトにかかわったメンバーの体験談を交えてリモートワークのコツを発信しました。こうした具体的な「成果物」ができたことで、企業の方から「自社のリモートワークの実践でぜひ活用したい」という問い合わせが来るなど、さまざまな反響があったといいます。発行主体はENWですが、活動の広がりを予感させるとともに、内部的にも多くの人がかかわる契機になりました。
●「モヤッ」としたひとりの思いから始まる
そんななか、TSAから大きなプロジェクトが生まれました。2019年11月末にリリースされた「幼児期のジェンダーガイドブック」プロジェクトです。言い出しっぺは翻訳家&デザイナーの渡辺 千鶴さん。日頃の子育てを通して、また自身が大人になる過程を振り返っても、日本社会には性別による決めつけが多く、「根強いジェンダーバイアスがあるのでは?」と感じていたそうです。そこで、TSAのネットワークに呼びかけたところ、共感する6名の仲間が手を上げ、TSA発のプロジェクトとして始動しました。その後、プロジェクトメンバーの個人的なつながりで協力者も増え、国内外9名でプロジェクトを進めました。
子どもたちは幼児期になると、人には身体的な性差があることに気づき始めます。同時に、周囲の大人たちの何気ない社会的な「性規範(ジェンダー)」を内面化し始めるのもこの頃です。このような幼児期にフォーカスし、500名以上にジェンダー意識をアンケート調査したうえで、国内外の先進的な取り組みを紹介しています。
製本した冊子を期間限定で有料頒布したところ、200冊以上の申し込みがあったほか、「自治体の男女共同参画委員会や保育機関での研修に使いたい」「家族と読みたい」など、うれしい声が数多く届いているとのこと。「子育て中の方はもちろん、企業や教育機関、自治体などで幼児期の子どもにかかわる皆さんに読んでほしい」とプロジェクトメンバー一同願っています。
●ESG評価から瞑想まで幅広い話題が魅力
明確な目的を定めたこうしたプロジェクトのほか、TSAではパートナー間の日常的な情報共有も盛んです。個を起点に「つながる」ためには、情報や経験、ナレッジを持ち寄り、可視化する仕組みが欠かせません。その大きな柱が毎月発行されるメルマガ「Team Sustainability News」と「シェア会」です。
現在、Team Sustainability Newsの編集を担っているのは曽我 美穂さん。環境分野のライター業の傍ら、今お住まいの富山で英語教室を開いています。「TSAには面白い人がたくさんいる!」と感じていた曽我さんは、「距離は離れていても、せっかくTSAに集った仲間ともっとつながりをつくりたい」という思いから、メルマガの編集やコミュニティサイト「TSA Platform」の管理を担当するようになりました。2019年10月からは、TSA活動全般の世話役を担っています。
「東京では珍しくないのかもしれませんが、私の住む地域では、子育てしながらエコ関連で英語を生かした仕事をしている人は少数派。でもTSAには似た境遇の人が多いので、この場でのつながりはとてもありがたい」と語ります。
一方の「シェア会」は、ナレッジや経験を共有するオンラインセッションです。誰でも自由に立ち上げることができ、何かを「知りたい!」と思った人が「ホスト」となり、「それなら知ってるよ」という人を講師役の「ゲスト」に招くのがよくあるパターン。これまで36回(2020年1月現在)のシェア会が開催されてきましたが、そのテーマは硬軟さまざま多岐にわたります。「ESG評価の実際」「新時代の非財務情報開示」「IPCC特別報告書(英語版)勉強会」といったサステナビリティに関する話題から、「翻訳チェックのプロセス勉強会」「エクセルのピボットを学ぶ」「校正のコツ」などビジネススキルに関するものもあります。
そうかと思えば、「初心者でも分かる野口整体」「皆の瞑想の方法を学ぶ」など、業務には直結しなさそうなテーマで開催されることもあります。瞑想の会の参加者からはこんな声が聞かれました。「以前から瞑想に関心があったのですが、日頃、人と瞑想の話なんてしたことがなくて。シェア会に参加したら、思いのほか興味のある人が多くて驚きつつ、いろいろ新たな発見もありました」。
こうしてオンラインの場を工夫しつつも、ふだんは離れて活動しているパートナーが顔を合わせて交流や勉強を楽しむ場も設けています。やはりオンラインだけでは伝わらない部分があると感じているからです。もちろん、全員が同じ場所に集まるわけにはいきませんから、地域ごとの食事会なども開催しています。不定期ながらもリアルな場があることで、オンラインのコミュニケーションがスムーズになるようです。
●「広場」から始まるサステナブルなアクション
改めてTSAとは何なのでしょう? 野澤さんのイメージは「広場」です。どこかに実在する広場ではなく、あくまでプラットフォームとしてのヴァーチャルな広場です。行政などに管理された「公園」とは違い、細かいルールは一切ありません。TSAの広場に集った人が何をするかはその人次第で出入りも自由。誰にも開かれた公共の場というイメージです。唯一あるのは、サステナブルな社会の実現を志向する場であること。その本質さえ外さなければ、ただくつろぐもよし、「この指とまれ!」方式で仲間を募るもよし、という場です。先に紹介した「ジェンダーガイドブック」プロジェクトも、まさにそんな形で生まれました。サステナブルな社会に向けた新たなアイデアやアクションが生まれる土壌としてのTSAが、ようやく動き出したのかもしれません。
ENWで翻訳業務を担う前田 真砂子さんは、TSAの掲げる広場の過ごし方は「まさに理想的」だと語ります。「自由だけどゆるやかにつながって、時間と空間を共有できたらステキです。例えば家族や友人との関係にしても、同じ部屋でくつろぎなら違う本を読んでいて、いいなと思ったことをシェアしあえるような距離感が心地いいですね」。
欧州の都市にはたいてい「広場」があり、地域住民や観光客がくつろいだり、さまざまな思いや主張のある人が声を上げていたりと、公共空間として人々の生活に欠かせない役割を果たしています。でも日本では、「広場」と言われてもピンと来にくいかもしれません。サステナブルな社会を志向する人たちが、気軽におしゃべりしたり、アクションを起こしたりできる広場があれば楽しそう!です。
●仲間が必要なときには「旗」を上げよう!
一人だけでは難しいことも、サステナビリティ志向という価値観が重なる仲間とチームを組めれば、何か面白いことができそうなことは確か。一方で、「何でもできる」といわれても、逆に何をしていいのか戸惑ってしまう人も少なからずいるでしょう。
そこでTSAに集うパートナーが、興味・関心や必要に応じてチームを組んで、有機的な活動を広げるため、TSAでは「旗を立てる」ことが奨励されています。ここでいう「旗」とは、各自の好きなことや得意なこと、いま関心のあることなどです。業務に役立つ知見やスキルはもちろん、趣味に関することや、ライフスタイルそのものが「旗」だという人もいるでしょう。でも、どんなに優れたスキルや経験があっても、特にリモートワークをしている人同士では、黙っていては伝わりません。世話役の曽我さんは、「それぞれがもっと旗を上げやすくなり、互いの旗に気づきやすくしたい」と語ります。「もちろん、全員がプロジェクトに参加すべき、などという縛りはありません。各自の興味・関心によって、気兼ねすることなく、自由なかかわり方ができるといいですね」。
ドイツ在住の佐原 理枝さんにとって、TSAの魅力は、自分なりのサステナビリティを実践しようとする人が世界各地から集まっていることだと言います。そんな佐原さんが力を入れているのが「サーキュラーエコノミー(CE)」の推進。CEとは、使われずにムダになっているモノや、いままで捨てられていた廃棄物を使って、社会課題を解決しながらビジネスに変えていく経済のことです。現在、TSAをきっかけにつながったフィンランドと東京の有志とともに立ち上げた「サーキュラーエコノミーラボジャパン(CELJ : Circular Economy Lab JAPAN)」というプラットフォームを通し、欧州現地のCEの動きを日本に発信したり、ワークショップを開催したりしています。「一人ひとりが試行錯誤しながら取り組んでいることは、サステナブルな社会にとっても大きな価値になるはず。国を越えて、異なる専門知識やスキル、ネットワークを持つ個人がつながるきっかけをもらえたことで、コラボレーションの相乗効果が生まれました。あとは、仲間がいることで相談でき、試行錯誤しながら学ぶことが楽しく感じます」。
「広場」のイメージについて、当初から野澤さんと意見交換してきたという木村 麻紀さんは、リアルな情報共有の場で先のCEプロジェクトに関するセッションをファシリテートしたり、「ジェンダーガイドブック」プロジェクトでは自らメンバーとしてかかわったりした経験も踏まえ、「TSAでできることの選択肢や可能性が見えてきた」と感じています。組織開発や人材開発の知見が豊富な立場から、こうしたゆるやかなチームの活性化に欠かせないのは、「互いの得意なことを認め合えるカルチャーをつくること」と分析。「そうしたカルチャーさえあれば、メンバーにとってうれしいのはもちろん、チームとしても成果を上げやすいはず。いろいろな人がかかわって、アメーバ的に広げていければ」と期待しています。
●個人の「充電」を後押しする仕組み
一方、ほかの人たちとチームを組んだプロジェクトに参加するだけがTSAの形というわけではありません。自分自身の暮らしを見つめ直し、サステナブルなマインドを高める取り組みもまた、TSAらしい活動です。
例えば「半農半翻訳」的なライフスタイルを模索する千葉在住の佐藤さんは、2018年9月の半ば、イギリスにある「シューマッハ・カレッジ」が開催する4泊5日のショートコースに参加しました。『スモール イズ ビューティフル―人間中心の経済学』の著者である経済学者E・F・シューマッハーの思想を受け継いで生まれた学校です。
佐藤さんの印象に残ったのは、シューマッハ・カレッジが大切にしている「学校は知識(Head)だけでなく、心(Heart)と手仕事(Hands)も学ぶ場であるべきだ」という考え方。本などで読んで頭では知っていた知識を、目の前で見て体験して、腑に落ちたように感じたと言います。
この体験をサポートしたのがTSAの「充電ファンド」という仕組みです。個人や社会のサステナビリティにつながり、かつ各自の「やってみたい分野」「旗」の取り組みに挑戦する際、ENWの売上を原資としたTSAの活動資金から資金援助を得られる仕組みです。
「個」がサステナブルなあり方を実現して「波を起こす一滴の雫」となるために、日頃の業務を離れた積極的な「充電」を後押ししようという意図でつくられた制度です。充電ファンドを利用した場合、取り組んだ内容と「次へのアクション」をTSAパートナーと共有するのがルール。そうすることで本人だけでなく、TSAパートナーへも充電が波及することを狙っているのです。
●ビジネス環境の変化を追い風に
以上、数名のTSAパートナーの声を紹介しながら、TSAの現在、そしてこれから目指す方向として見えてきたことをお伝えしてみました。「なるほど、ステキな場だな!」と思うところが多い反面、「やっぱりENWとTSAの線引きが難しいかも?」など、新たに疑問に思う部分も正直ありました。話を聞かせていただいたのも、ごく一部の方々に過ぎません。まったく違う感じ方をしている人も当然いるでしょう。
まだまだ発展途上にあるTSAのあり方は、これからどんどん変わっていくはずです。本当の意味で公共に開かれた場を志向するなら、ENWと接点のない人とのつながり方も模索する必要があるでしょう。むしろ同じカタチにとどまることなく、世の中の変化にも呼応しながら、変幻自在な進化を遂げるのがTSAらしさかもしれません。
政府も後押しするなか、いよいよ副業・複業、兼業が市民権を得つつあります。同時に、異業種同士のアイデアや技術を持ち寄るオープン・イノベーションもますます盛んになっています。働き方改革が叫ばれ、ビジネス環境がどんどん変化するなか、従来の組織論だけでは立ち行かない場面が増えているのではないでしょうか。組織での役割や立場を越えて、「個」の強みを生かしながら、ゆるやかにつながるというTSAが志向する「あり方」が、以前にも増して求められるようになっていると感じます。