ENW Lab.
Interview:社員の「食」を変える、ソニーの挑戦「Food for the Future」
お話:ソニーグループ株式会社(Sony Group Corporation)
サステナビリティ推進部 環境グループ
川北 貢造(かわきた・こうぞう)さん
聞き手:曽我 美穂
富山県在住のエコライター、エディター。
はじめに
サステナブルフードが、これまで以上に重視されています。世界では、数年前からEUや国際環境保護団体WWFがサステナブルフードの重要性を提唱。日本でも環境省が2021年秋に食をテーマにした意見交換会を実施し、ガイドを制作しました 。社員食堂でサステナブルなシーフードや有機野菜などを使ったメニューを扱う事例も増えています。
しかし、企業の取り組みの多くは「社内」での食生活が中心で、社員の食生活そのものを変えようとする動きは、あまりありません。そんな中、ソニーグループ株式会社(以後ソニー)は2021年4月に「Food for the Future」というプロジェクトを立ち上げ、社員向けの食生活に関するガイドブックを制作。社員食堂にとどまらない活動を繰り広げています。
そこで「食に関する社員の行動を変える」取り組みの内容や、進める上での様々な工夫をお聞きしました。
インタビュー
独自性が光る「Food for the Future」プロジェクト
「ソニーが食に取り組む」と聞いて意外な印象を持ったのですが、なぜ「Food for the Future」プロジェクトを立ち上げたのですか?
私たちソニーは、2050年までに自らの事業活動および製品のライフサイクルを通して、環境負荷ゼロを目指す「Road to Zero」という環境計画のもと、気候変動、資源、化学物質、生物多様性という4つの視点で5年毎に環境中期目標を設定し、行動しています。「食」はみんなにとって身近なテーマですし、4つの視点のさまざまな環境問題に関係しています。
また、2021年度から5年間の環境中期目標Green Management2025(GM2025)では、生物多様性の分野の目標のひとつとして、社員食堂における環境に配慮された食材使用の推進を掲げ、背景を伝えながら環境について考える機会を設けようとしています。
そこで2021年4月に、社員にサステナブルな食生活を呼びかける「Food for the Future」プロジェクトを立ち上げました。
社員食堂での取り組みだけでなく、社員向けのガイドブックも作ろうと思われたのは、新型コロナウイルスの感染拡大が影響したんですよね?
そうなんです。GM2025を策定した当初は社員食堂での啓発をメインに考えていたのですが、新型コロナウイルスの感染が広がったため、社員食堂を稼働しない事業所が増えてしまいました。そこで、社員食堂での活動も継続しながら、世界中の社員の食生活における食材への環境配慮を促したいと考え、ガイドブック「Food for the Future」を作成することにしました。
エコネットワークスはガイドブック(日本語・英語)の企画・制作をご支援しました。改めてお聞きするのですが、内容に関して、どのような思いでどんな工夫をしましたか?
ガイドブックは、食がどんな環境問題とつながっており、それに対してどんなアクションができるかを、イラストを加えて分かりやすく説明し、活動を促す内容にしました。具体的な行動につながるように、お店などで見かけるサステナブル・ラベルも網羅して紹介しています。また、正確性を重視し、紹介する企業・団体すべてに内容の確認をお願いしました。
それから、全世界のソニー社員に見てもらいたかったので、どの国の社員が読んでも違和感がない内容、デザインにしました。今は日本語版、英語版だけですが、他の言語にも訳したいと考えています。この春には中国語版が完成する予定です。
社員に読んでもらうための、様々な試み
完成したブックレットはどういう形で配布したのですか? 社内の反応はいかがでしたか?
ガイドブックは、まず、PDF版をオンラインで配布しました。また、各事業所でも配ることができるように製本版も作り、すでに1000部以上が社員の手に渡りました。ただ、コロナ禍なので社内でいろんな方に直接お会いして感想を聞く機会が少なく、反応の手ごたえが得にくい部分もあります。
こうした活動では、多くの企業の担当者が「どうすれば読んでもらえるか」に頭を悩ませています。完成後、社員に読んでもらうために、どんなことをしましたか?
イベントの機会を積極的に活用しています。昨年は、10月16日の世界食料デーに合わせて、10月をソニーグループ食料月間とし、各事業所の社員食堂で環境配慮食材を使用したメニューを提供しました。メニューの説明の横でガイドブックも紹介し、食後にガイドブックを手に取ってもらうきっかけにしました。
他にも、国内では、国連食糧農業機関(FAO)から講師を招いて「食で環境を守る」をテーマに社内向けオンラインセミナーを開催しました。日本各地から社員が参加したのですが、そこで当プロジェクトの説明をしたところ、事後アンケートで「環境配慮食材に取り組みたい」という前向きな声がありました。
海外では、2021年3月にシンガポールにある販売会社で、社内オンラインセミナーを実施。栄養やウェルネスの専門家であるCaoimhe Smythさんに、サステナブルフードについて教えていただきました。CaoimheさんはFit Green Leanの創業者で、スウェーデンのストックホルムに拠点を置いています。オンラインだからこそ実現できた企画でした。
環境活動は、呼びかけている人たち自身も楽しみながら実践していることが大切だと思います。環境グループの皆様は何か「サステナブルフード」に関することを実践していますか?
私自身は、大豆ミートのハンバーガーやコオロギせんべいを見つけたら、買って食べるようにしています。海の近くに住んでいる同僚は、地産地消を意識して地元の海苔を買っているそうです。また、多くのメンバーが家庭菜園に取り組んでいます。無農薬栽培に挑戦している人もいれば、果樹を育てて、収穫した作物でジャムを作っている人もいます。海外では、マレーシアの社員が庭でマンゴーを育てて食べているそうです。
ガイドブックを作る時に海外の事例を集めようと思い、海外在住メンバーにメールしたところ、多くの人がサステナブルフード関連のウェブサイトを教えてくれました。関心が高い仲間で情報交換を続け、社内のサステナブルフードのコミュニティを広げていきたいです。
社内でのコラボレーションで活動を広めたい
ソニーには「Food for the Future」以外でも、サステナブルフードに関わる活動がありますよね? その内容と、どのように協働しているかを教えてください。
ソニーコンピュータサイエンス研究所(ソニーCSL)では、有用植物が育つ生態系を人為的につくり、食料を収穫しながら生物の多様性を豊かにしていく「協生農法」を研究、実践しています。また、協生農法をはじめとする拡張生態系では、自然状態を超えて生物多様性や生態系機能を増進することが可能です。サステナブルフードに関する中心的な取り組みなので、ガイドブック内で紹介しています。
中国では2020年よりCSR活動として協生農法を導入し、ソニーの事業所、外部農園で展開しています。そこで、協生農法を実践している事業所の社員食堂で、採れたての野菜を食べる試食会をおこないました。現地の社員が2000人ほど参加し、協生農法を身近に感じる良い機会になりました。
ソニー・ピクチャーズ エンタテインメントは、2021年6月、ピーターラビットがフードヒーローを増やすためのキャンペーンでFAOに協力し、好評でした。これはGM2025にある「エンタテインメントコンテンツなどを通して250万人以上に環境活動への参画を促す」という目標の一環です。
当プロジェクトは、ショートムービーを社員食堂で放映したり、社内向けのガイドブックの表紙を映画の画像にしたりと、協力しあいました。
スタートアップの創出と事業運営を支援する「Sony Startup Acceleration Program」が実施する「SSAPアイデアコンテスト」でも、今年の募集テーマが「フードテック」で、サステナビリティ推進部も審査員として参加しました。
協働により、「Food for the Future」を社内外に伝えられる場が増え続けているとは、素晴らしいですね! 最後に、今後やりたいことやアイデアを教えてください。
新型コロナウイルスの感染拡大の影響で出社が限られているので、社員食堂での取り組みは拡大が難しいのですが、その中でも、より多くの社員に選んでもらえるサステナブルフードのメニューを、事業所と共に考えていきます。
また、サステナブルな食生活に関するオンラインセミナーも継続して開催していきたいです。海外の事業所でも企画、開催されているので、このような機会を活かしながら、サステナブルフードを選ぶ人がグループ内外にもっと増えていくよう、「Food for the Future」プロジェクトを進めていきます。
おわりに
川北さんのお話から、「社員の行動変容を促す」プロジェクトを進める上でのポイントは下記の4つだと感じました。
1. 状況によりそいながら、最善を尽くすこと
2. 自社らしさを大切にしながら、活動を推進すること
3. 社内の様々な試みと協働しながら、活動を広めていくこと
4. 自分たち自身が楽しむこと。そしてその背中を見せていくこと
笑顔でプロジェクトについて話してくださった川北さんは、まさに4つめのポイントを実践されていました。「Food for the Future」プロジェクトの今後が、とても楽しみです。