ENW Lab.
深刻化する難民問題と私たちにできること 寄付先をゲストに迎えて
エコネットワークス(以下、ENW)では毎年、環境、医療・福祉、災害支援、子ども・女性などの分野で活動するNPOへ、1年の売上の1%を寄付しています。2022年からは、ENWが運営するコミュニティ「TSA」のパートナーが参加するシェア会(勉強会)で寄付先の団体をゲストとして招き、寄付金の使途や取り組んでいる社会課題について考える取り組みを行っています。
2023年9月、寄付先の一つである「認定NPO法人 難民を助ける会(AAR Japan)」広報責任者の中坪 央暁さんをゲストにお迎えし、シェア会を開催しました。世界の難民・避難民の現状や、支援の現場で感じていることをお聞きし、私たち一人ひとりにできることを考えました。
ゲスト:中坪央暁(なかつぼ・ひろあき)さん
ジャーナリスト/国際NGO難民を助ける会(AAR Japan)東京事務局
全国紙の海外特派員・東京本社編集デスクの後、国際協力機構(JICA)の派遣でアフリカ・アジアの紛争・平和構築の現場を取材。2017年AAR入職、バングラデシュ駐在としてロヒンギャ難民支援に約2年間従事。ウクライナ人道危機(2022年2月~)では首都キーウなど同国を3度取材。著書『ロヒンギャ難民100万人の衝撃』(めこん)、共著『緊急人道支援の世紀』(ナカニシヤ出版)など。
執筆:新海 美保
長野県在住のライター、エディター。
長期化するウクライナ紛争と難民・避難民支援
AAR Japanは1979年、日本に押し寄せるインドシナ難民を支援するため、民間の難民支援団体の先駆けとして発足しました。以来、難民・避難民への支援を軸に、世界65カ国以上で紛争や災害の被災地における緊急支援、地雷対策などの活動を続けています。
今回の会では、主にロシアによる軍事侵攻が長期化するウクライナ難民・避難民と、「世界最大の難民キャンプ」と呼ばれるバングラデシュのコックスバザールで暮らすロヒンギャ難民の現状と課題、支援活動の内容について伺いました。
会の冒頭で、中坪さんからロシア侵攻後に訪れたウクライナや、隣国であるポーランド、モルドバで撮影した動画を共有いただきました。爆弾で破壊された民家、空襲警報で地下に避難する人々、戦死者の葬列の様子……。重い現実を目の当たりにし、参加者全員が言葉を失いました。
また、ポーランドやモルドバの食料配給施設、保育施設を紹介しながら、ウクライナ難民を受け入れる隣国の人々の献身的な支援について、そして欧州の難民・避難民の受け入れ状況や継続的な支援の難しさについても解説くださいました。
紛争解決の糸口が見つからず支援の長期化が予想される中、中坪さんは「AAR Japanは支援が手薄になりがちな分野に注目するとともに、難民の受け入れ地域にも配慮して支援を続けている」と言います。そうした考え方から、戦時下で公的支援が滞ったウクライナの障がい者施設へ活動資金や発電機などを提供しているほか、危険を伴う地雷除去の活動を続けるNPOをサポートしています。
世界最大の難民キャンプとロヒンギャ
次に、中坪さんはAAR Japan入職直後の2017年から駐在したバングラデシュのロヒンギャ難民について、支援活動の報告を含めて解説くださいました。2017年8月、ミャンマー西部のラカイン州でイスラム少数民族ロヒンギャの人々がミャンマー国軍による無差別の武力弾圧を受け、隣接するバングラデシュ南東部のコックスバザールに逃れました。70数万人の難民が一挙に流入し「近年、最速・最大規模の難民危機」と呼ばれています。今も難民は自国に戻ることができず、累計100万人以上が過酷な避難生活を余儀なくされています。
難民キャンプでは2017年から国際機関や国内外のNGOがバングラデシュ政府と協力して、食料や保健・医療、教育など広範な人道支援活動を続けています。AAR Japanも同年11月から緊急支援物資の配布のほか、「水・衛生」と「権利保護」の2つの分野で支援を実施。給水やトイレの整備のほか、子どものフリースペースや女性の識字・手芸教室などの開設をしてきました。2023年以降は国際NGOと連携し、16〜25歳の若年層を対象に児童婚の予防や女子教育、違法薬物の問題などをテーマにしたワークショップを開催しています。
国際社会では2017年の事態の真相究明が進められ、国際司法裁判所は2020年1月、ミャンマーに対して「ジェノサイド(集団殺害)」につながる迫害行為の防止を命じました。しかし、コロナ禍の影響やミャンマー国軍による非常事態宣言発令など混乱の中、ロヒンギャの人々が帰還できる目処はたっていません。中坪さんは「渋滞の発生や物価の高騰などロヒンギャ難民の流入によって多方面で混乱が生じ、当初は同情的だったバングラデシュの人々の国民感情も徐々に悪化している」と危惧しています。バングラデシュ国民の警戒心が高まる中、キャンプの周辺にはフェンスや鉄条網が建設され、キャンプ内に武装警官隊の駐屯所が設けられるなど、難民は「保護」の対象から「警戒・監視」の対象に変わりつつあるそうです。
「2022年からのロシアによるウクライナ侵攻で、国際社会の関心がウクライナへ移る中、解決の糸口が見えないロヒンギャ問題への関心は薄れ、難民からも『絶望的』という声が多く聞かれるようになった」と中坪さん。国際社会がロヒンギャの人々の存在を忘れず、地道な支援を続けていくことが大切だと語ります。
“脅威の連鎖”を防ぐ支援
シェア会の後半では、参加者から中坪さんに質問をしたり、意見や感想などを伝えたりしながら、深刻化する難民・避難民問題について一緒に考えました。
「難民支援は先が見えない。受入国の人々の不安を解消するにはどうすればいいか」という問いに対し、中坪さんはこれまでの経験を踏まえて、「難民を受け入れる地域では必ずと言っていいほど摩擦が起きるが、こうすれば良いといった明確な処方箋はない」と言います。それでも、例えばAAR Japanでは事業予算の3〜4割をホストコミュニティ(難民の人々を受け入れているコミュニティ)の支援にさくよう調整するなど、受け入れ地域の負担軽減にも力を入れています。難民と受け入れコミュニティ双方が少しでも安心して共生できるよう“脅威の連鎖”を防ぐ支援を続けているのです。
また、国内外の少数民族に詳しい参加者は「日本ではロヒンギャについて知る人は少ないが、そもそもなぜ中坪さんはロヒンギャの人々に関心を持ったのか」と質問。中坪さんは、これまで世界各地のイスラム教徒のコミュニティを取材してきた経験や、群馬県館林市で暮らす300人ほどのロヒンギャ難民のコミュニティと交流した時の思い出を語り、縁が積み重なり、いつしかロヒンギャ難民について伝えることがライフワークになっていったと教えてくださいました。
私たち一人ひとりができることは?
国連は2023年6月、世界各地の紛争や迫害などによって住まいを追われた人は、これまでで最も多い「約1億1,000万人」にのぼると発表しました。増え続ける難民・避難民の課題を前に、私たち一人ひとりにできることはあるのでしょうか。
中坪さんは「まずは難民・避難民への関心を持ち続けてほしい」と語ります。そして、活動を続けていくためには寄付による支援がとても重要で、「これからも難民・避難民の現状や課題について理解し、彼らを忘れないでほしい」としめくくりました。
ENWでは2021年から寄付先の選定・決定の過程に、ENWのパートナー全員が携わる仕組みを設け、少しでも公平・公正な形で一人ひとりの思いを寄付として実現できるよう努めています。シェア会では、AAR Japanを推薦した参加者の一人から「初動が早いという印象を持っていたが、中長期的な視点で細やかな支援を続けていると知り、活動の幅や深さをさらに知ることができた」との声もありました。
ENWでは、寄付して終わりではなく寄付金の使い道にも目を向け、社会課題の解決に向けて尽力する皆さんと一緒になって考え、行動していけるよう模索しています。今後も、引き続き寄付のあり方や組織としてできることを考え続けます。