Interview: 有機農業が促進する「食」のサステナビリティ

2021 / 6 / 25 | 執筆者:EcoNetworks Editor

お話:香坂 玲
名古屋大学大学院環境学研究科教授

聞き手:小島 和子

はじめに

持続可能な食料システムの構築を目指す政策方針「みどりの食料システム戦略」が5月に正式発表されました。2050年までに農林水産業のCO2ゼロエミッション化を実現するなど、多岐にわたる意欲的な目標が掲げられた国家戦略です。

資源管理・環境政策論の専門家として、環境省次期生物多様性国家戦略研究会委員などを務める香坂 玲教授に、この戦略の意義や日本の有機農業について伺いました。

インタビュー

 「みどりの食料システム戦略(以下、「みどり戦略」)」では、かなり野心的な目標が掲げられています。最も注目・期待できるのは、どのような点でしょうか。また、逆に懸念すべき点があれば教えて下さい。

何よりもまず、食料・農林水産業の生産力向上と地球環境の持続性の両立を目指すとうたっている点が注目できます。いわば「二兎を追いますよ」と明言しているわけですが、これは農林水産省として初めてのことです。

全体として技術革新を前提にしたかなり高めの目標設定になっていますが、高度な技術開発がなければ何も始まらないわけではありません。工程表を見ると、2030年ごろまでは既存技術を広く社会実装すること、いわゆる「横展開」することで効果を最大化しようとしていることが分かります。例えば、光や振動を活用した害虫防除、スマート林業における森林クラウドの活用、ドローンによるピンポイント農薬・肥料散布の普及などは既に始まっていることです。一方、AIやICTの活用による飼養管理技術などは、まだまだ研究開発が必要です。

留意すべきなのは、技術開発の実現可能性そのものではなく、そうした技術が生物多様性や水循環の面から見ても好ましいかどうかという点です。例えば、CO2吸収能力の高いエリートツリーの安定生産も目指されていますが、それがカーボンの固定化に貢献したとしても、水や生物多様性に関して問題がないかなど、「副作用」についても慎重に見ていく必要があります。

有機農業の割合を耕地面積の25%(100万ha)に拡大するという目標もありますが、現状ではわずか0.5%に過ぎません。有機農業が広がらない根本的な原因はどこにあるのでしょうか。

そもそも多くの日本人は、あまり既存の農業に悪いイメージを持っていないため、有機農業に目を向けるインセンティブが弱いのだと思います。海外の多くの地域では、農業は環境問題とトレードオフの関係にある、「農業は環境に悪影響を及ぼしかねない」という慎重な見方が一般的です。北米や東アジアでも一般的かと思います。だからこそ、環境負荷の低い有機農業に移行するべきだとして、「地殻変動」ともいえる大きなうねりが起こっています。

ドイツ・ボン市郊外の農家:地域特有の在来品種のリンゴ保存会による
有機栽培とジュースへの加工の取り組み

日本には既存の農業への漠然とした信頼感があるように感じますが、実は農業と環境は放っておいても自動的に調和するわけではありません。このトレードオフに気づくきっかけを「みどり戦略」が与えてくれるかもしれません。

有機農業が「環境配慮型」としても、それだけは消費者の心に訴えないのではないでしょうか。もっと多くの人が関心を持つようにするには、どうすればいいのでしょうか。

 「みどり戦略」では、有機農業の割合を増やすとともに、国産品の評価向上も目指しています。私はさらに一歩進んで、単なる国産というだけでなく、各地域の特色を打ち出すことで差別化を図るべきだと思っています。

例えば日本酒の話でいうと、一般酒の売上が低迷している一方で、特定名称酒、いわゆる地酒に限れば非常に好調です。各地の酒処がそれぞれに個性を発揮しているためです。たとえナショナルブランドの量産品よりは値が張っても、うまく差別化できていれば消費者は喜んで買うわけです。これと同じように、有機であると同時にご当地ブランドを掛け合わせることができれば、「○○産のトマトを応援したい!」といったインセンティブが期待できます。

最新のご著書『有機農業で変わる食と暮らし』の中で、有機農業の広がりには多様な人々の関わりが欠かせないとおっしゃっています。具体的にどのような関わりが考えられるでしょうか。

例えば、半農半X的なライフスタイルには大いに期待しています。ご当地ブランドを守り育てていくには、必ずしも大規模の「プロ」による営農が必要なわけではありません。これまでの政策は、農地を集積・集約化して生産性を高めることばかり目を向けてきました。でも、半農半X的な「小さな農」を活性化できれば、管理効率の悪いモザイク状の農地も生かすことができます。そうした場所で、小規模ながらも、古くその土地に根付いた産品を作り続けることは十分に可能です。

あるいは、ビジネスセクターであれば、あらゆる業界の方に有機農業との接点を持っていただきたい。大企業に限った話ではありません。ご当地ブランドの応援であれば、むしろ地域に根ざした中小事業所のほうが取り組みやすいかもしれません。あるいは、社員食堂のメニューに有機産品を加えるといったところから始めるのもいいでしょう。やはり「胃袋から入る」のは分かりやすいですから。有機農業を通して、地域から地球規模の環境問題に視野を広げる人が増えることを願っています。

『有機農業で変わる食と暮らし―ヨーロッパの現場から』香坂 玲、石井 圭一 著/
岩波書店

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