ENW Lab. ENWラボ
Interview:システム思考で社会転換とサステナビリティの実現を
“システム思考は、企業が本業を通じて
サステナブルな社会転換を推進するための基盤を築く助けとなるのです“
お話:ロバート・スティール氏(Robert Steele)
Systainability Asia(タイ) 創業者/ディレクター
聞き手:岡山 奈央
Introduction
はじめに
近年、世界的にさまざまな組織や団体でサステナビリティを目指す動きが活発になってきています。一方で、それぞれがサステナビリティの意味をしっかりと理解せずに計画を立てれば、効果は小さく、長続きしないまま一時的なPR活動に終わってしまうでしょう。
東南アジアに拠点を置くコンサルティング会社Systainability Asiaは、アジア太平洋地域の政府や地方自治体、NGO、国際機関、民間企業と緊密に連携し、「システム思考のアプローチ」を通して、サステナブルな組織やコミュニティのシステムを実現するための啓発・教育と支援を行っています。
今回は、そういった活動でシステム思考をどのように取り入れているのかについて、Systainability Asiaディレクターのロバート・スティール氏にお話を伺いました。
Interview
インタビュー
Q:Systainability Asiaを創設した経緯を教えてください。
私がこの組織を立ち上げたのは2005年、タイ環境地域振興協会(TECDA)の教育部門ディレクターを8年間務めた後のことでした。TECDAは、「マジック・アイズ」という名前で親しまれている、タイの歴史ある環境NGOです。私はそこで、のちに国連環境計画(UNEP)に環境教育プログラムの優良事例として認められた「マジック・アイズ チャオプラヤ川荷船プログラム」の策定にチームの一員として参加していました。
マジック・アイズ退職後、私はタイに残り、持続可能な開発のための教育(ESD)に重点を置き、課題分析とイノベーションの開発にシステム思考のアプローチを取り入れ、より広く環境とサステナビリティの問題に取り組むことにしたのです。ESDはその年スタートした「持続可能な開発のための教育の10年(DESD)」の旗印のもとでユネスコが主導する教育です。システム思考は、マジック・アイズの教育プログラムが環境教育とESDに関するアジア太平洋地域の訓練センターとしてUNEPとの協働をスタートし、アラン・アトキソン氏と交流・協力関係を持ち始めてから私たちが力を入れだしたものです。アトキソン氏は、『成長の限界』の主著者として最もよく知られるドネラ・メドウズ氏の愛弟子です。メドウズ氏は世界をけん引するサステナビリティの思想家であり、イノベーターの一人でした。
私たちは、アジア太平洋地域のあらゆるセクターのステークホルダーと協力し、システム思考とアトキソン氏の「サステナビリティ促進ツール」を使って持続可能な社会に向けた思考と行動を推し進めるために、Systainability Asiaを設立しました。初期のクライアントの大半は、どうすれば企業の社会的責任(CSR)とサステナビリティ報告の実践を強化できるか、さらには自社のビジネスモデルをどうしたら持続可能なものにできるのかという難題に取り組んでいるインドネシアの民間企業でした。当社の初期の頃にこうした関心が高まっていたのは、主にインドネシアで会社法(2007年)が成立したことによるもので、この法律は、ASEAN諸国では国家が初めて企業に環境および社会的責任を果たすよう求めたのです。
Q:2005年に会社を立ち上げた頃と比べて、サステナビリティやCSRの観点から、社会はどのように変化したとお考えですか?
2005年当時、実際にサステナビリティに関心がある企業はほとんどありませんでした。企業はCSRをもっぱら——今でも多少そういう面がありますが——会社の「環境にやさしいイメージ」を高めるためのPR・マーケティング活動だと捉えていました。当時のCSRは、要するに企業の慈善事業の別名にすぎず、事業活動や製品、サービスが実はまだあまり環境にやさしくない自社のイメージを「グリーン・ウォッシュ」するPR活動の体裁を整えるためでもあったのです。
そして、サステナビリティがアジアでいくぶん関心を引くようになったのは、ひとえにグローバル・レポーティング・イニシアチブ(GRI)が注目を集めるようになったからです。多国籍大企業が年次のサステナビリティ報告書を発表し始め、主要な国際証券取引所も投資判断にサステナビリティを組み込み始めたからでした。しかし、状況は変わりつつあります。今や世界の大手企業は、企業として長く存続するためになくてはならない要素としてサステナビリティに取り組み、自社ビジネスの価値やビジネスモデルに完全に組み入れようとしており、持続可能な開発目標(SDGs)によって理解と関心はさらに高まっているようです。ただ、ここタイのように、アジア各国では全体のざっと80~98%が中小企業であることを考えると、中小企業が依然としてサステナビリティに取り組んでいないのは少し残念に感じます。
Q:近年、企業責任に関するコミットメントを公表し、情報開示を強化する国際的な大企業がどんどん増えています。その領域は自社とサプライチェーンの両方について、環境問題にとどまらず労働条件の整備や人権保護などの社会問題にまで及びます。しかし、コミットメントと達成度の間には隔たりがあります。どうすれば現状を改善できると思いますか?
私も、単に環境面でのコンプライアンスのためだけではなく、事業や製品がサステナビリティに沿うものであることを、企業報告として伝える国際企業が増えていると思います。この動きは主に、リスクやエクスポージャーの発生を未然に防いで対処が必要となる事態を避ける取り組みとして、サステナビリティをより積極的に認める証券取引所によって推進されています。今や株主も多様になり、こうしたリスクを踏まえ、目標と実績を報告しない企業には投資しません。
さらに企業には、1)資源の枯渇と気候変動、2)株主の期待の高まり、3)ウェブやICT、スマートフォン、ソーシャルメディアによる透明性の高まりという大きな圧力がかかっています。そうした中で、賢明な企業は、厳しい現実を無視できないことを理解しています。なぜなら、サプライチェーンがグローバル化していればなおさらのこと、遠からずこうした面で批判されることになるからです。サプライチェーンで何か問題が起きれば、確実にマスコミで取り上げられ、世間の認識や株主の心理、投資家の信頼にマイナスの影響を及ぼします。そしてビッグデータと徹底的な透明性と説明責任の時代へと向かうなかで、この傾向は強まっていくでしょう。世界でもアジアでも教育水準の高い人が増え、それと共に豊かさも情報量も増えていきます。結果として、食品安全、大気環境と健康への影響、水の汚染と疾病、人身売買、児童労働などの問題への関心も高くなります。
最大の問題は、報告についてもサステナビリティ・CSRに関しても、民間企業が直線的なアプローチしかとらず、システム思考を取り入れないままでいることです。縦割りの政策や事業計画・事業戦略を続ければ、企業のほとんどすべての活動は長期的には役に立たないでしょうし、気候変動や、人類が超えつつある地球のシステムの限界など、より大きな枠組みにおいても効果を生まないでしょう。
Q:先進国では、そしてとりわけ日本では、自分たちの日常生活が自然資源の枯渇につながるという事実を消費者が十分に認識していないように思われます。どうすれば、日常生活におけるサステナビリティの責任を一人ひとりが十分に理解するように、状況を変えることができるでしょうか。
データ(水や森林、生物多様性、女性の安全保証とエンパワーメントならびに女性に対する暴力、排出量、気候変動などの種々のシステムの状況を測る指標)と、変わってほしい人たちの思いや行動との間に存在する関係を、目に見えて体感できるものにすることが重要だと私は考えます。ここでもシステム思考が重要な役割を担うと考えているので、私たちはグローバルな教育事業も行っています。若者や教育者、学校の、システム思考に関する能力向上とエンパワーメントに重点を置くもので、教育用に作り直した「コンパス・促進ツール(アトキソン)」を用いています。自分たちの日々の行動がシステムの構造や変化の傾向に及ぼす影響や、両者の関係について理解するには、教育のあり方を直線的、閉鎖的、還元主義的な思考から変えることが極めて重要です。システム思考では「人は見たいと思うものを見て、聞きたいと思うものを聞く」と説明します。「社会システムではほとんどの場合、システム構造が過度の行動反応を引き起こす」とも。「共有地の悲劇」のような典型的なシステムについて、そしてどうしたらそれを未然に防げるのかについて、考えてみてください。
Q:サステナビリティを推進するには、大企業だけでなく中小企業による努力も必要です。近年、EU各国の政府は中小企業によるサステナビリティの取り組み支援を試みています。こうした方法は世界のほかの国々にも普及するとお考えですか? 長期的にこれを阻む障害は何だと思われますか?
中小企業は、ほとんどの国、とりわけここアジアの開発途上国では、法人登記している企業(と未登記の企業、グレーエコノミー)の大部分を占め、そのほとんどがサステナビリティの実践も報告も行っていません。確かにこうした企業は規模も小さく財力もなく、こうした活動を行うには人材も整っていません。しかし、先に述べたリスク要因と、自社ブランドに対する消費者や活動家からの圧力のために、今や大企業はサステナブルなサプライチェーンとなるよう管理を重視するようになり、中小企業は契約や契約の保証という面から、変わり始めなくてはならないという圧力を感じています。互いにつながり合うグローバルなサプライチェーンを活用するのが、中小企業を変えるには一番の方法です。
とはいえ、厳格な報告要件や第三者検証に加え、サステナビリティ報告書であれ、消費者や市民に向けたより広く一般的で目に触れやすい情報発信(製品表示、認証、主流メディアの注目など)であれ、自社の事業や製品に関するさまざまな種類の報告が求められます。繰り返しになりますが、社会の根本的な転換のためには、本質的に「サステナビリティに基づく考え方をしっかり教える」学校教育とそのあり方が、極めて重要です。何であれ本当に変化するには、世界観や意識を転換しなければなりません。なぜなら、私たちを取り巻くシステムを考案したり維持したりするうえでカギとなるのは、私たちの持つメンタル・モデルだからです。そしてシステムが本質的にサステナブルでないならば、それこそが問題の核心なのです。
Q:スティールさんは長い間、学生と専門家の両方を対象とする、SDGsやシステム思考の能力向上の活動に携わってこられました。SDGsは広く持続可能な開発に関する問題を扱うもので、関係者も多岐にわたります。さまざまな関係者の能力向上を図る際に、どんな点に留意しているのでしょうか?
参加者のSDGsへの関心を高めるポイントは、SDGsをスタート地点としない、つまりゴールやターゲットそれ自体から始めないことです。人々が関心を持っていることや未来への願望から始めて、そこからSDGsを(ターゲットや指標によって)人々の関心と結びつけていくのです。あまりくどくどと論じないこと。でも私は、すべてに納得するには、まず皆で協力してシステムの理解を深める必要があると信じています。そうすれば、SDGsと結びつけるのはずっと容易になるはずです。
例えば、最近のクライアントに、比較的歴史が浅く活力あふれるインドネシアのIT系コンサルティング会社があります。その会社は「新しい惑星のリーダー」を掲げ、企業価値や社内手続き、自社のソリューション(つまり製品やサービス)をサステナビリティやSDGsに結びつけたいと考えていました。そのためにまず行ったのは、アプリシエイティブ・インクワイアリー(AI: Appreciative Inquiry)という組織開発手法を用いてビジョンを共有することでした。その後に株主とサステナビリティについてのマテリアリティ分析を行い、リスクと影響に関して株主と会社の双方にとって優先すべき重点課題を特定しました。次に測定可能な指標を特定し、簡単なシステム図の上でその指標をつなぎました。相乗効果のあるつながりやフィードバック・ループを見つけるためです。そうしたつながりやループは、社内のみならず社外クライアントの根本的な変化にも生かすことができます。システム思考はこのようにして、企業が本業を通じてサステナブルな社会転換を推進するための基盤を築く助けとなるのです。