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Interview: 協同組合で再エネ発電 — Ripple Energy社CEOに聞く
Ripple Energy Limited創立者・CEO セーラ・メリックさん(Sarah Merrick)
聞き手:杉本 優(Yuno Dinnie)
はじめに
Ripple Energy(リプル・エナジー)社のCEO、セーラ・メリックさんのことを知ったのは、2021年に参加したFully Charged Liveイベントです。メリックさんが登壇したのは再生可能エネルギー(再エネ)に関するセッションで、Ripple Energyでは消費者が直接所有する風力発電所を建設しているというお話でした。
家の屋上にソーラーパネルを設置して、自家消費しなかった余剰電力をグリッド(電力系統)に売電する仕組みは、世界中で普及していますが、風力発電となると話は別です。風力タービンは巨大な施設で、人里離れた場所に建設されるのが普通。建設にかかる費用も屋上ソーラーとは桁違いで、とても一般市民が買えるようなものではありません。だからメリックさんの話には驚きました。
Rippleのモデルでは、Rippleが建設する風力タービンの発電容量(ワット)を小分けした「シェア」を、一般消費者が買うという仕組みになっています。発電所のシェアに出資した消費者は協同組合を結成します。発電所の所有者はRippleではなくこの協同組合で、組合メンバーがみんなで発電所を共同所有するのです。協同組合の発電した電力は、Rippleと電力購入契約を結んでいる小売電力会社(パートナー)が買い取り、公共電力系統を通じて組合メンバーに供給します。風力発電は低コストのため、パートナーの買い取り価格は市場価格より低いので、この価格の差がメンバーに対して電気料金の割引という形で還元されます。シェアをたくさん購入したメンバーは、受け取る還元額もそれに比例して多くなります。また、電力価格が高騰している時は、買い取り価格との差が大きくなるため、還元額も大きくなります。
セーラ・メリックさんがRipple Energyを創立したのは2017年。私が講演を聞いた2021年夏には、Rippleの第1弾プロジェクトがウェールズで建設中で、第2弾プロジェクトがスコットランドに建設することが決まり、購入希望者の予約を受け付けているところでした。この話を聞いた時にはまだ、新機軸のビジネスモデルに「本当にそんなことができるの?」と半信半疑だったのですが、詳しく調べるうちに「なるほど」と納得がいき、予約してみることにしました。それから2年後の今、組合員になった第2弾プロジェクト「カークヒル風力発電所」が現在、建設工事中です。そして最近募集があった第3弾プロジェクト「デリルウォーター・ソーラーパーク」のシェアも購入し、建設開始を待っているところです。
多忙を極めるメリックさんに時間を割いていただき、Ripple創設のきっかけや将来の展望についてお話を伺いました。
風力発電業界に波紋(Ripple)を起こす
-メリックさんは再エネ業界一筋でキャリアを積んできたと伺っています。再エネに興味を持ったのはなぜですか?
SM: はい、2000年に大学を卒業して以来ずっと再エネ関係の仕事をしてきました。Ripple Energyを立ち上げる前は、風力発電分野でエコノミストとして20年間、主に戦略やエネルギー政策、コミュニケーションなどの面を担当していました。新卒で就職したのは電力事業全般の業界団体でしたが、当時からすでに再エネが急成長しようとしているのは明らかでした。キャリアアップの機会が多い成長分野であること、個人的にもクリーンエネルギー移行が正しい道だと確信していたことが、再エネ分野に進んだ理由です。
-Ripple Energyのアイデアはどこから生まれたのですか? 会社を起こそうと決めた理由は?
SM: 私は、風力発電セクターの中心で20年間働いてきました。このセクターでは、風力発電のコストが下がり英国で最も安い電力源になると、風力発電所がGoogleやFacebookのような大企業にグリーン電力を直接販売するモデルを積極的に推進するようになりました。でも、大企業は安くてグリーンな風力発電の電力を買えるのに、私たち一般消費者にはできないなんて不公平ですよね。だから、一般の人でもグリーンな電気の恩恵を受けられるようにしたいと考えたのが、Ripple Energyを創設した理由です。
-協同組合所有モデルを選んだのはなぜですか? 発電所の共同所有という形にこだわりはあったのでしょうか。
SM: 炭素ネットゼロ経済への移行の過程では、今までにないアプローチを開拓する機会が生まれます。共同所有は真のエネルギー民主化を実現することができるモデル。その手段として、協同組合はうってつけです。自宅の電気にクリーンエネルギーを使えるよう、一般の人が電力源そのものを所有できるようにするのがRippleのモデルです。今までは大企業が発電設備を所有する必要がありましたが、これからは誰もが自分が使うエネルギーの供給施設を自分で所有することができるのです。
-事業計画を投資家に売り込んで設立資金を獲得するのは大変でしたか? 女性起業家だから真剣に聞いてもらえないという経験はありましたか?
SM: 再エネ業界の関係者は最初、Rippleモデルは既存のビジネスモデルと違いすぎて実現不能だと考えていました。でも、ネットゼロ社会に移行するためには、新しいやり方を開拓し、イノベーションを引き起こさなければなりません。第1弾プロジェクトが稼働開始し、第2・第3プロジェクトの建設が進んでいる今では、業界でもこのモデルが受け入れられつつあります。
過去20年間風力発電分野で働いてきて、女性であることや子育てしていることがハンデになっていると感じる場面は特になかったのですが、いざ起業となると大違いでした。実は英国で女性起業家が立ち上げたスタートアップのうち、ベンチャーキャピタル投資を獲得できたのは2%にも満たないのだそうです。それを知った時にはショックを受けました。まったく不公平な話です。そこで代わりに、女性起業家にも機会が開かれているクラウドファンディングで投資を募ることにしました。そうして4000人の素晴らしい投資家に支えられて、Rippleを立ち上げることができました。
-地域グリッドベースのコミュニティ再エネプロジェクトと異なり、全国からメンバーが参加できるRippleのモデルでは、小売電気事業者との提携が必須ですよね。パートナーとして提携してくれる電力会社を探すのは大変でしたか? 第1弾プロジェクトが稼働して以来、状況は変わってきていますか?
SM: たくさんの電力会社がRippleとの提携に関心を示していますが、それは顧客から需要があるからです。できるだけ気候変動対策に貢献したいと考える一般の人たちが、Rippleならそれが可能だと、契約している電力会社にRippleと提携するよう要求しているのです。2年間続いてきたエネルギー危機の渦中では、電気事業者は他に優先しなければならない問題をいくつも抱えていました。やっと危機から抜け出しつつある今では、電力会社と前向きな対話がたくさん進んでいるので、近々新しいパートナー会社をもっと迎えることができそうです。最初のプロジェクトでは、電力パートナーはコープ・エナジー(オクトパスエナジー傘下)だけでした。現在はコープ・エナジーに加え、電力最大手のひとつであるエーオン・ネクストとも提携、また法人向け電力会社のユニファイ・エナジーと提携して、事業者メンバーが利用できるようにしています。
風と太陽の恵みを全国、そして海外に
-Rippleの第1弾プロジェクト「グレーグファサ風力タービン」には900人のメンバーが参加、第2弾の「カークヒル風力発電所」には5000人以上が集まりましたね。第3弾プロジェクト「デリルウォーター」の会員募集ではどのくらいの反応を得ていますか?
SM: デリルウォーターの会員募集を開始してから数週間が経ったところですが、募集開始初日だけでグレーグファサの会員総数を超える人数が参加登録してくれました。そして募集第1週が終わるまでには参加者数がカークヒルの会員総数を超えました。こんな短期間で何千人もの新会員が登録するという手応えに、本当に感激しています。
-南イングランドで建設するデリルウォーターは、風力発電所ではなく太陽光発電所のプロジェクトですね。イングランドでは陸上風力発電施設の新規建設が事実上禁止されていますが、それが理由でしょうか。それとも最初から複数の異なる再エネ技術を使う計画だったのでしょうか。
SM: 立ち上げ当初から、ソーラーや洋上風力も含めた複数の技術に拡大する計画で進めていました。第3弾以降も、スコットランドとウェールズで陸上風力、イングランドではソーラープロジェクトの開発計画がすでに動いています。とはいえ、ネットゼロ目標を達成し英国のエネルギーシステムを脱炭素化するためには、イングランドの陸上風力規制の解除が必須です。世論調査を見ても、国民は明らかに風力発電を支持しており、低コストでグリーンな再エネ発電の普及を望んでいます。国土計画法を改正して、もっと風力発電所を建設できるようにする必要があります。
-将来の事業計画について、どのような展望を持っていますか? 陸上風力や太陽光発電をさらに拡大するのか、洋上風力発電や蓄電施設など他の技術にも多様化する計画なのか、教えてください。
SM: 基本的に無燃料技術なら、なんでも検討の対象です。今のところは陸上風力と太陽光発電を推進しており、これからもっとたくさんのプロジェクトを立ち上げていきたいと思っています。洋上風力発電コンソーシアムにも参加しましたが、残念ながら海底リース権を獲得できませんでした。でも、いずれはRippleを通して洋上風力発電も実現したいと考えています。系統用蓄電池プロジェクトも検討しましたが、現在の協同組合モデルとは相性が良くないという結論になりました。というのは、蓄電事業では収益源の構造が発電事業よりずっと複雑なため、蓄電収益を会員への利益還元に直接リンクすることが難しいのです。でも、もし将来的に蓄電事業を手がけると決めた場合は、十分に実証された成熟技術を選ぶ必要があります。新機軸の技術もいろいろ開発されていますが、会員にリスクを背負わせることになってはならないと思っています。波力発電や潮力発電に進出せず、風力と太陽光に限定しているのはそれが理由で、技術的リスクがほとんどなく、成熟技術だからコストも低いというメリットがあるからです。風力とソーラーはコストが最も低いエネルギーなので、会員が受ける利益を最大化できます。
-英国に限らず海外に進出しようという意欲はありますか? 海外からの問い合わせなどはありますか?
SM: はい。今後の展望としては、まずRippleのモデルを英国でしっかりと確立させたいと思っています。すでに2つのプロジェクトを建設、3つ目が募集中という現在は、次にどの市場へ参入するか検討しているところです。今は拡大に向けて市場リサーチをしている段階ですが、今後数年の間に大きな計画を実行していきたいと思っています。
-日本では、電力供給のうち再エネの占めるシェアは4分の1と、まだまだ少ない状況です。日本の風力発電セクターの潜在的可能性や課題についてどうお考えですか? 日本のエネルギー移行を加速させるため、政府や企業、一般市民はどうすれば良いと思いますか?
SM: 世界の風力発電市場は過去10年間で4倍に拡大し、いまや世界で最も競争力が高くレジリエントな電力源となっています。風力エネルギーはクリーンで無料、そして風はどこでも吹いています。世界規模で風力発電の普及を進めることが、ネットゼロ移行の加速につながります。日本は海岸線が長く深海に囲まれているという地理上の特色があり、浮体式洋上風力発電技術がもたらす可能性は非常に大きいと言えます。また、陸上風力発電やソーラーについてもまだまだ拡大が可能です。こうした利点を生かすため、日本政府はネットゼロ目標に沿ったエネルギー政策を打ち出し、風力発電の急速な普及を可能にする産業戦略を策定する必要があると思います。一般市民も、一人ひとりが再エネ普及を支持する声をしっかり上げていくことで、建設拡大を後押しすることができます。
終わりに
デリルウォーター・ソーラーパークの会員募集は5月末に締め切られましたが、参加者が購入したシェアの合計額は2000万ポンドを超え、英国の協同組合が単一プロジェクトのために集めた出資金最大額の記録を更新しました。これまで最高記録を保持していたのはRippleの第2弾プロジェクト「カークヒル風力発電所」で、こちらは総額1320万ポンドでした。つまり、Rippleメンバーの協同組合が、出資金額で英国協同組合史上1位と2位に輝いたのです。また、Ripple Energyは2023年英国再生可能エネルギーアワードでもコミュニティ部門で候補にノミネートされています。セーラ・メリックさんが6年前にエネルギー業界に起こした波紋は、いまや気候変動に対する取り組みの大きなうねりになろうとしています。
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