ENW Lab.
Interview: 東京がリオオリンピック・パラリンピックのD&Iイニシアチブから学べることは?
”多様性への取り組みとは、あらゆることすべてが関わってくるのです。”
お話:Alberto Pinto氏
2016年リオオリンピック・パラリンピック
ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)エキスパート(ブラジル)
聞き手:野澤健
はじめに
2020年の東京オリンピック・パラリンピック開催に伴い、世界中から多くの人たちが日本を訪れます。訪日客を「おもてなし」の精神で迎えよう、と繰り返し耳にしますが、本当に、世界の人々に満足してもらうための準備は万端でしょうか?
地理的な位置、歴史や文化からみて「多様性の経験が足りない」と言われることがある日本。そこで今回は、多様な国ブラジルで、2016年のリオ大会でダイバーシティ&インクルージョン(D&I)エキスパートとして活躍したAlberto Pintoさんにお話をお聞きしました。
インタビュー
1. なぜダイバーシティ&インクルージョン(D&I)が大事なのですか?
ブラジルに来てみれば、その理由が分かると思います。ブラジルは、先住民族、ポルトガル、その他の欧州諸国、アフリカ、アジアなど様々なルーツを持つ人々が国づくりに関わってきました。それに加え最近は、ジェンダー、障がい者、LGBTなど、人種以外の多様性もますます重視されるようになっています。
2014年にリオでFIFAワールドカップが開催されたのですが、その開会式で、「多様性にもっと配慮すべき」という批判が巻き起こりました。カポエイラという伝統的な武術・ダンスが披露されたのですが、カポエイラの歴史には奴隷制度が密接に関わっているにもかかわらず、パフォーマーがほぼ白人だったことに、アフリカ系ブラジル人たちが怒りの声をあげたのです。
多様な社会に生きる私たちは、多様性をもっと強く意識し、尊重しなければならないのです。
2. リオオリンピック・パラリンピックでの取り組みの柱は?
最大の取り組みは、当事者の人々も交えた「障がいのある人々」「ジェンダー」「黒人や混血の人々」「LGBT」という4つのディスカッション・グループを立ち上げたことです。これらのグループに組織委員会の職員、ボランティア、建設業者を招き、開催の数年前から毎月1回集まって課題と解決策を話し合い、多数の提言をまとめました。
また、組織の上層部に働きかけていくことも積極的に行いました。多様性を広げ、それを受け入れる文化を作るためには、トップに立つ人々の意識がとても重要なのです。
3. 大会の開催前、開催中、開催後の取り組みについて教えてください。
施設は、障がいのある選手や観客が動きやすいようにバリアフリーにしました。また、スタッフやボランティアが着用する制服は、多様性を尊重してデザインや色を決めています。開催中の食事も、宗教や個人的な指向に配慮しました。
私たち自身が多様になることも心がけました。組織委員会では、様々なバックグラウンドを持つ人材を雇用し、組織内部の多様性を重視しました。サプライヤーにも、マイノリティの人々の受け入れを促し、マイノリティ層自身が経営する小規模企業には、能力向上に向けたプログラムを受講できるようにしました。
一番の目標は、経営層からスタッフ、ボランティアに至るまで、多様性の重要性に気づいてもらうこと。そこで、オンラインでD&Iトレーニングを実施し、満足度調査の項目にもD&Iの要素を加えました。しかしそれでもまだ、十分とは言えません。そこで取り組んだのが、レストランやホテルなどの観光セクターの人々へのトレーニングです。また、オリンピック・パラリンピックについて国中に発信し、人々の意識醸成に大きな役割を担うメディア関係者にも、多様性を重視するよう働きかけました。大会は競技場だけで完結しません。関連する場所、人すべてで、多様性を受け入れる文化を構築する必要があるのです。
またパラリンピックの選手は、一度大会が終わってしまえば、その後のキャリアの継続に苦労することが多いので、仕事を見つけて自活するためのサポートプログラムにも取り組みました。
4. 取り組みの成果は?
リオ大会では、LGBTの選手の数が過去最多となりました。パラリンピックの参加国数、参加者数も過去最多。難民チームの参加も実現できました。多様なバックグラウンドを持つ選手たちの活躍は、人々の意識に確実に変化をもたらしました。
本当の意味で多様な社会を創り上げるには時間がかかります。それでも、「リオオリンピック・パラリンピックは変化の起点になった」と、私は自信を持って言えます。
私たちは社会全体を変えていくために、様々な分野に働きかけ、多くの人々を巻き込みました。多様性への取り組みとは、あらゆることすべてが関わってくるのです。