再生可能エネルギーだけで脱炭素を達成することはできるのか 

2023 / 10 / 7 | カテゴリー: | 執筆者:EcoNetworks Editor
100% Clean, Renewable Energy and Storage for Everything by Mark Z. Jacobson

Mark Z. Jacobson著『100% Clean, Renewable Energy and Storage for Everything』


執筆:杉本 優
英国スコットランド在住の翻訳者。英国翻訳通訳協会(ITI)正会員。


温暖化による気候危機を食い止めるためには世界の脱炭素化が必要であることは今やあきらかですが、その手段については様々な意見があります。再生可能エネルギー(再エネ)の普及拡大は急ペースで進んでいますが、再エネへの全面的な転換は現実的に可能なのでしょうか? また、原子力や水素、バイオ燃料、炭素回収といった技術はどのような役割を果たすのでしょうか? そんな疑問に答えるのが、2020年に出版された『100% Clean, Renewable Energy and Storage for Everything』です。今のところ邦訳は出ていません。

本書のテーマは、「すべてのエネルギー需要を、再生可能エネルギーで満たすことは可能なのか」を検証することです。著者はスタンフォード大学大気・エネルギープログラム(Atmosphere/Energy Program)の責任者であるマーク・Z・ジェイコブソン教授。土木環境工学を専門としていますが、本の内容は環境工学だけにとどまりません。脱炭素技術を俯瞰すると同時に、脱炭素化実現のための政策や、経済・社会に与えるインパクトなど多様な側面を考察しています。大学の教科書として執筆されたため、構成は著者自身が教えるコースに沿っており、各章末には内容の理解を確認するテスト問題が付いています。

化石燃料から再エネに移行する目的とは

第1章ではまず概論として、化石燃料から再エネに移行する目的を説明します。ここで特筆すべきは、本書が温暖化対策だけを考えて書かれたものではないという点でしょう。著者は本書最終章で、環境工学研究を志したのは、テニスに明け暮れた少年時代に体験した大気汚染の問題に取り組みたかったからだと語っています。そこで本書では、以下の3つの問題の解決を目的としています。

  • 大気汚染
  • 地球温暖化
  • エネルギー安全保障

そして、WWS、つまり風力(Wind)、水力(Water)、太陽光(Solar)という3種類の再エネに完全に移行することで、そのすべてが解決できる、というのが著者の主張です。

第2章では「WWS技術にはどのようなものがあるのか」を俯瞰します。再エネというと発電と考えがちですが、それにとどまらず交通・輸送、冷暖房、工業プロセスなど数々の用途に使われるWWS技術に加え、エネルギー(電気・熱・水素)の貯蔵技術についても具体的に説明します。取り上げる技術は、脱炭素化が最も難しいとされる鉄鋼やコンクリート製造技術から家庭用IHコンロまで大小様々。また、脱炭素化と並行して進める必要のある、省エネ・エネルギー効率向上の方法にも触れています。

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(Photo by Clint Patterson via Unsplash)

IPCCやIEAの脱炭素シナリオでは、再エネ(WWS)だけでなく炭素回収貯留(CCS)技術や原子力発電、バイオマス・バイオ燃料などの併用が必須だとされています。これに対して著者が反論を展開する第3章は、本書の核心とも言える章です。バイオ燃料やCCS、原子力発電なども使用しながら脱炭素を進める場合の問題点を指摘し、なぜWWSエネルギーに限定したシナリオを提唱しているのか、以下のように説明します。

  • CCSが回収するのは二酸化炭素だけで、大気汚染の問題は解決されない
  • バイオ燃料の原料を育てるためには広大な農地や大量の水が必要
  • 現行のCCS技術はCO2回収率が非常に低く、効果は限られている
  • 莫大なコストがかかるCCSに資金が投じられると、費用対効果の高いWWS技術への投資に影響が出る懸念がある
  • CCSや原子力発電は建設に長い年月がかかるため、完成まで化石燃料発電に長期間依存することになり、その間CO2が排出され続ける(機会費用排出量/opportunity cost emissions)
  • 原発には、放射性廃棄物処理の問題や、核兵器拡散リスクなど安全保障の問題もある

第4~6章では、WWS脱炭素社会の基盤となる電気についての基礎知識や、太陽光発電・風力発電の仕組みを説明します。工学コース履修生向けの技術的な内容で、環境技術者を志しているわけではない私は軽く目を通しただけで読み飛ばしましたが、どれだけの電力を供給するためにどれだけの発電・送電インフラが必要かを計算し、WWSによる脱炭素シナリオのモデリングを実施する上で必要な知識を提供する章となっています。

ロードマップで科学的に検証

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(Photo by Riccardo Annandale via Unsplash)

第7章は、いよいよ本書の主題である「2050年までに100%再エネとエネルギー貯蔵技術だけでエネルギー需要を満たす脱炭素社会を実現する」というシナリオのロードマップを検討します。著者の率いるチームは、世界143カ国(米国については50州それぞれ)の気象・地理条件とエネルギー需要をモデリングし、どの技術をどのように組み合わせればエネルギー需要を満たせるか、国別の脱炭素移行ロードマップを作成しています(※)。この143カ国が2016年に消費したエネルギー総量は合計約12.6テラワット(TW)で、現状維持のまま2050年を迎えた場合、人口の増加と途上国の開発進行により、エネルギー需要は約20.3TWに達すると見込まれます。再エネとエネルギー貯蔵技術だけでこれに対応するのは現実的ではありません。「CCSや原発なしに脱炭素は不可能」という声が多いのはこのためです。

しかし著者はこうした意見に対し、100%再エネ移行によりエネルギー需要を大幅に削減できることを指摘します。例えば現在、化石燃料の採掘・輸送・使用に莫大なエネルギーが使われていますが、WWSに移行した社会では不要になります。また、電化によるエネルギー効率の向上効果も考慮する必要があります。例えば電気自動車を駆動する電気モーターのエネルギー伝達効率は、ガソリン・ディーゼル自動車の内燃エンジンに比べてはるかに高く、またヒートポンプのエネルギー消費効率も、ガスや石油による暖房に比べて大幅に高いのです。こうした省エネ効果を計算に含めると、2050年のWWS脱炭素社会におけるエネルギー需要は現状維持シナリオに比べて57.1%低くなり、実現可能な規模の再エネインフラで対応することができると、著者は説明します。さらに、気候変動の抑制や大気汚染の減少は健康の向上につながるため医療コストも削減され、異常気象の被害が社会にもたらすコストも削減できます。雇用についても、化石燃料からの撤退による失業と再エネ移行による雇用創出を比較すると差引プラスになると、データを挙げて示します。

また、再エネ移行に関する議論で避けて通れないのが、電力の需給バランスの問題です。再エネ、特に主力となっている風力や太陽光の大きなデメリットが、自然条件による電力供給量の変動であることはよく知られています(水力や潮流・波力、地熱のように、供給が変動しない再エネもありますが)。そのため、WWSに完全移行した社会では、複数のWWS技術とエネルギー貯蔵技術を組み合わせて供給バランスを制御したり、需要が増える時間帯を避けて電力を使うピークシフトを行なったりして、常時エネルギー需要と供給をマッチさせ、電力系統の安定を保つ必要があります。そこで第8章では、周波数制御・需給バランス調整の具体的なアプローチを説明しています。

障壁となっているのは?

本書の最終章で、著者は「風力、水力、太陽光という再生可能なエネルギーとエネルギー貯蔵技術だけで機能する社会を実現することは、技術的にもコスト面でもすでに可能であり、障壁となっているのは政治的意志と社会の認識だけである」と力説します。こうした障壁を乗り越えるために各国政府が活用すべき規制や促進制度など政策手段の例を挙げ、著者のライフワークである再エネ移行ロードマップ作成の取り組みを振り返って、2050年までに再エネだけで脱炭素を達成することが可能であることを強調して結びます。

再エネ移行の全体像が見えるように

再エネ移行については以前から関心があり、自分でも知識を深めようと情報を集めてきましたが、大学の教科書を使って系統的に学び、知識を整理することができたことで、全体像が明確に見えるようになりました。日本でも英国でも「脱炭素化は必要だが再エネ100%に移行するのは不可能」という声は多いです。個人的にはCCSや原子力といった技術の使用に疑問を感じても、IPCCやIEAの脱炭素シナリオがこれを前提にしているのを見ると、やはり100%は無理なのだろうかと思ってしまいがちでした。しかし、様々な再エネ技術と貯蔵技術を組み合わせれば再エネ100%社会は実現できます。科学的データとモデリングに基づいて示す本書は、そうした声に反論する上で大きな力になると感じました。

日本のWWS移行ロードマップ(ピクトグラフ)
他の国のロードマップはこちらの地図からダウンロードできます。

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