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ビジネス界のノーベル賞から見るSDGs時代のCEO像
ノルウェーの平和のためのビジネス財団(Business for Peace Foundation)は毎年、平和な社会の実現のために責任あるビジネスを実現しているビジネスリーダーを表彰しています。この賞は、「平和のためのビジネス大賞(Oslo Business for Peace Award)」といい、“ビジネス界のノーベル賞”とも言われています。
本記事では、同財団創設者であるペール・
執筆:鈴木 真代
南米コロンビア在住のサステナビリティ・コンサルタント/ライター/翻訳家
「平和」と「ビジネス」のつながり
近年、国際会議の場でも、「平和」と「ビジネス」の関係が議論されるようになってきました。毎年、国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)主催でスイス・ジュネーブにて開催される「国連ビジネスと人権フォーラム(UN Forum on Business and Human Rights)」においても、紛争の防止に貢献するだけでなく、平和の維持にも責任を持つような企業のグッドプラクティスが紹介されるようになってきました。
例えば、昨年のフォーラムでは、殺害や脅迫の恐怖にさらされる人権擁護者(Human Rights Defender)を保護する企業の取り組みの紹介や、世界各地の紛争国で治安部隊による人権侵害に加担しないよう、多くの企業が積極的に活動していることが発表されました。
しかし、WBCSD(World Business Council for Sustainable Development:持続可能な開発のための世界経済人会議)の2019年の報告書によると、SDGsのゴール16「平和と公正をすべての人に」について活動している企業はわずか38%で、ゴール14(32%)やゴール1(34%)に続き、17のゴールの中で3番目に取り組みの少ないゴールだそうです。
「平和」を実現するためのビジネスの役割
ゴール16に取り組む企業が少ないのは、企業が「平和」の定義を狭く捉え、「平和」と「ビジネス」が遠いものだと考えているためかもしれません。
「平和のためのビジネス財団」を2007年に創設したノルウェー人投資家のペール・サクシゴール氏は、「平和」の概念について、次のように語ります。
平和とは「暴力がない状態」と言う狭義の意味に限定されるべきではありません。平和とは「平和な社会を創造・維持するためのアクションを起こし、社会構造を作り、制度を設計していくこと」という積極的平和(positive peace)の概念を認識すべきです(インタビュー記事より)
さらに、ビジネスの役割やビジネスの平和に対する貢献について、次のように提案しています。
企業は経済的にも社会的にも価値のあるビジネスを展開し、ビジネスを通じて人間の潜在能力を引き出し促進する最適な環境を提供することで、平和な社会を実現できると考えます (インタビュー記事より)
平和な社会でないと、企業はビジネスを行うことが困難になってしまいます。サクシゴール氏は、企業に対して、積極的平和の概念の下、平和に受け身で向き合うのではなく、平和を創造・維持するためのアクションを起こすことを求めています。それは具体的には、ビジネスを通じて人々の能力開発を促す機会を提供し、経済的かつ社会的な価値を創出することであり、その結果として、ゴール16で提唱されている平和で公正な、包摂的な社会の実現につながっていくのです。
ノーベル賞受賞者が審査委員の「平和のためのビジネス大賞」
同財団が主催する「平和のためのビジネス大賞(Oslo Business for Peace Award)」の受賞候補となるビジネスリーダーは、パートナー団体である国際商工会議所(ICC)、国連開発計画(UNDP)、国連グローバル・コンパクト(UNGC)、責任投資原則(PRI)といった国際機関により推薦されます。その後、ノーベル平和賞と経済学賞の受賞者で構成される審査委員会が受賞者を選出します。
審査委員会の選考プロセスにおいて、ビジネスリーダーを審査する3つの評価基準がこちらです。
1.市民社会でもビジネスコミュニティでもロールモデルであるか
2.社会課題の解決のために、倫理的かつ責任のあるビジネスの重要性を積極的に主張し続けているか
3.ステークホルダーの信頼を得ているか
受賞者は過去の実績も評価されますが、倫理的かつ責任あるビジネスの将来的な飛躍も期待されています。
例えば、2015年の受賞者であるユニリーバの元CEOのPaul Polman は長年にわたりビジネスを通じてリーダーシップを発揮してきました。その前年の2014年には、チュニジア全体の和解の推進、企業と雇用政策の保護、治安回復に対する貢献を理由に、アフリカで最も影響力のあるビジネスパーソンのOuided Bauchamaouiが受賞しています(その翌年ノーベル平和賞も受賞)。
こうした長年活躍してきたリーダーの他、以下のような次世代リーダーも受賞しています。
<次世代リーダーの受賞者例>
●アフリカ全土で、妊産婦死亡率減少を目的とするデジタルプラットフォームを展開するAgbor Ashumanyi Ako(2019年受賞者)
●レバノンで、200人以上の囚人や元囚人、脆弱層の女性を雇用する社会的なファッションデザイナー兼経営者の Sarah Beydoun(2016年受賞者)
●コロンビアで、企業や起業家に直接働きかけ、倫理的な原則を守り、持続可能な平和構築のためのソリューションを生み出す、若い人権派弁護士兼起業家の Juan Andres Cano(2015年受賞者)
ビジネスリーダーの3つの評価基準
ビジネスリーダーを評価する3つの基準について、具体的に見ていきましょう。
1.市民社会でもビジネスコミュニティでもロールモデルであるか
1つ目の評価基準は、ロールモデルであることです。ここでは、ビジネスだけでなく、市民の信頼を獲得し模範となることがリーダーに求められています。
日本の大企業にはそもそもリーダーの存在感があまり無い、「顔が見えない企業」が多いように感じます。市民からも信頼されているリーダーの特徴について、サクシゴール氏は次のように表現しています。
ビジネスリーダーが“businessworthy(ビジネスとして価値がある)”のマインドセットを持ち続けることで、組織の文化や戦略に影響を与えます。そのマインドのもと、社会へのコミットメントを実現し続けることで、ロールモデルとして信頼されるようになります。ビジネスリーダーは、そのマインドセットが非常に重要です。(メールインタビューより)
平和に寄与するビジネスを象徴するキーワードが“businessworthy(ビジネスとして価値がある)”です。同財団では、「経済的価値と社会的価値の両方を創造することを目的に、倫理観と責任感を持つビジネスが“businessworthy”である」と定義しています。
つまり、ビジネスリーダーが心から経済的にも社会的にも価値を創造し続けようというマインドセットを持ち続けることが、市民からの信頼を構築する源になるのです。
2.倫理的かつ責任のあるビジネスの重要性を積極的に主張し続けているか
日本でも、リーダーたちが「倫理的かつ責任あるビジネス」の重要性を語ることは増えてきています。しかし、リーダーたちが語る言葉は、どこか同じような言い回し、聞いたことがあるフレーズが多くないでしょうか。
一方、同財団ではビジネスリーダーが、独自の論理とマインドセットで “as an advocate(提唱者)”として社会に主張し続けることを求めています。
日本の企業と対話した経験のあるサクシゴール氏に、聞いてみました。
2015年に広島を訪れ、日本のビジネスリーダー数百人を対象とした会議でスピーチをする機会がありました。その経験から、「ビジネスは社会のためにあるべきだ」という考え方は、日本文化の中では決して違和感がないと感じました。ビジネスが社会をより良くするための役割を果たすことを、より高い次元のパーパスと見なすことで、ビジネスと社会の調和や平和への貢献の意義が明確になります。(メールインタビューより)
3.ステークホルダーの信頼を得ているか
3つ目は、株主・投資家・消費者・地域コミュニティなどのステークホルダーの信頼を得ていることです。
信頼を得るためには、利益を独占せず、社会全体に平等に利益が行き渡るような仕組みを重んじる価値観が重視されています。
ノルウェーのビジネスは、アメリカやイギリスとは異なります。ノルウェーでは、企業のCEOと従業員の所得格差に300倍のギャップがあることを決して許しません。この平等を推進する価値観が、社会の企業に対する高い信頼を醸成しています。(インタビュー記事より)
サクシゴール氏は、自らが1980年代にビジネススクールで学んだような「利益第一主義」のビジネス思想に疑問を持ったことがきっかけで、同財団を設立しました。
目先の利益のみを追求する利己的・近視眼的なビジネスモデルに警鐘を鳴らし、社会のために価値のあるビジネスを推進しているリーダーを表彰したい(インタビュー記事より)
「平和のためのビジネス大賞」のこの3つの評価基準は、SDGs時代に求められるビジネスリーダー像と重なります。SDGs時代のビジネスリーダーは、ビジネスパーソンとしてのアイデンティティとその価値観が注目されるようになっています。それはすなわち、従来のリーダーに求められていたような経済的な価値の創造を実践するだけではなく、「平和な社会を実現していく」ための社会的価値の創造をどのように考え、実践していくかが注目されているのです。