Interview: 東南アジア企業のサステナビリティ 現状とこれから

2019 / 2 / 8 | 執筆者:EcoNetworks


“サステナビリティ報告の中心概念にあるのは、「バランス」という考え方です。
つまり、報告はCSRの達成度に光を当てるだけでなく、
より持続可能な事業運営を進める上で
どのような困難に直面しているかという点も説明すべきです”

お話:シュテファン・ウルリッヒ氏(Stefan Ullrich)
Paia Consulting 社 サステナブルファイナンス部門 ディレクター
聞き手:佐藤百合枝

はじめに Introduction

世界のESG投資資産残高は2016年に、約23兆米ドルに達しました。投資家は、サステナビリティに関連するリスクにさらなる関心を向け始めています。投資家の期待に応えて、非財務情報の開示に関するガイドラインを導入した株式市場もあります。

今回は、こうした開示要件を導入した株式市場を持つ東南アジアの企業のサステナビリティについて、シンガポールのPaia Consulting社でサステナブル・ファイナンスの責任者を務めるシュテファン・ウルリッヒ氏にお話を伺いました。

インタビュー Interview

Q:シンガポール証券取引所(SGX)は、上場企業に対して、自社のサステナビリティに関する課題や実践を毎年評価するよう求める要件やガイドラインを作成しました。SGXがこうした要件やガイドラインを発表した経緯を教えてください。

SGXは2016年に、「遵守せよ、そうでなければ説明せよ(comply or explain)」という原則に基づくESG報告を導入しました。つまり、SGXに上場する企業はすべて、2017会計年度以降、毎年サステナビリティ報告書を作成し、そうでなければ、ESG課題を考慮する必要がないとする理由を説明しなければならなくなりました。SGXは、これらの新たな上場要件を導入することで、事実上ESG報告を義務付け、他に先駆けて、東南アジアでの投資家に対するリスクと機会の透明性の拡大と、開示の向上を図りました。ちょうどその頃、国連の「持続可能な証券取引所(SSE)イニシアティブ(United Nations Sustainable Stock Exchange initiative)」のパートナー取引所になったことと相まって、この取り組みは、2011年の「上場企業のためのサステナビリティ報告ガイド」と、これに明記されている「サステナビリティ報告に関する方針声明(Policy Statement on Sustainability Reporting)」を皮切りに進んだ長い道のりの集大成となりました。SGXのサステナビリティへの取り組みには長い歴史があります。

興味深いのは、アジアの取引所がESG報告の義務付けで世界をリードしている点です。世界にはESG報告を義務付けている取引所は17カ所ありますが、そのうち8カ所はアジア太平洋地域を拠点としており、欧州には2カ所だけ、北米には一つもありません。

Q:開示要件を導入した後、サステナビリティ報告に何か変化は見られますか?

東南アジアの取引所がサステナビリティ報告を上場要件としたことで、報告の導入そのものは著しく増えました。しかし、報告の質は、投資家がより賢い投資判断をするのに必要な水準にはまだ達していません。

それでも、この地域のいくつかの取引所が、上場企業のサステナビリティ報告の質の向上に向けて積極的なアプローチを行なっていることは、頼もしい限りです。マレーシア証券取引所は2017年に、上場企業のサステナビリティ報告書の評価を行い、上場企業のレポーティングの強化に積極的なサポートを行っています。また、タイ証券取引所(SET)所長は、サステナビリティを最優先事項の一つに掲げ、上場企業の最高経営責任者(CEO)たちと直接対話を続け、サステナビリティ報告の実施を働きかけています(タイではまだ義務付けられていません)。そのおかげで、2017年には、SETの上場企業9社が、社会的責任投資の代表的な指標であるダウ・ジョーンズ・サステナビリティ・インデックス(DJSI)シリーズの「DJSI World」の構成銘柄に、また、21社が「DJSI Emerging Markets Index」の構成銘柄に選ばれました。これは、東南アジア諸国連合(ASEAN)の他の取引所をはるかに上回る数です。

Q:東南アジア企業のサステナビリティ報告に関する主な課題はどのようなものでしょうか?

この地域の企業が、サステナビリティ報告をなかなか受け入れることができないのにはいくつかの理由があります。

まず初めに、この地域のほとんどの企業はESG報告にまだ慣れておらず、質の高いサステナビリティ報告の作成には、かなりの習得時間を要します。

次に、サステナビリティ報告の中心概念にあるのは、「バランス」という考え方です。つまり、報告は、企業の社会的責任(CSR)の達成度に光を当てるだけでなく、より持続可能な事業運営を進める上でどのような困難に直面しているかという点も説明すべきです。世界中の企業がその両方に取り組んでいると言える中で、そのような正直さは「面目」を失うことになると考えがちなアジアという土俵では、なおさら難しい問題です。

その他、アジアの企業はサステナビリティを「欧米の課題」と捉えることもあり、サステナビリティは自分事なのだと意識し始めている段階にあります。今後数年間でどのように展開していくのか、そうした動きに投資家が最終的にどのように反応するのか、楽しみです。

しかし、企業の経営層がサステナビリティの考え方を完全に受け入れ、洗練された報告を行っていても、とりわけ、組織全体に、そしてさらにそのサプライチェーンにも変化を促すとなると、依然として課題は残ります。

こうした変化を促すために、私たちは常に顧客に対して、潜在的な将来の負債や、例えば炭素税導入によるコストといった、サステナビリティから生じるリスクだけでなく、真のサステナビリティが提供する、計り知れないほど大きな機会に目を向けるよう働きかけています。つまり、加速する経済の脱炭素化などの新たな大きな流れ、世界人口の増加に備えて食料の安全保障を守るための革新的な農業の必要性、個人の移動手段エネルギー貯蔵システムの差し迫ったパラダイムシフトなどを認識することで、企業は、サステナビリティに欠ける競争相手よりもかなり優位に立つことができます。

Q:東南アジア企業が取り組むべき重要なサステナビリティに関する課題はどのようなものとお考えでしょうか? また、その理由をお聞かせください。

東南アジアの企業は、気付けば、最も複雑ないくつかのサステナビリティ問題の渦中にいるということが多々あります。その一つはパーム油の問題です。マレーシアとインドネシアの2カ国で、パーム油の世界生産量の約86%を占めています(注)。この非常に汎用性の高い植物油は、多くの食品、化粧品、洗剤、工業用化学薬品など、さまざまな製品に欠かせない原料です。また、収量が最も高い作物でもあります。1ヘクタールのパーム油の植林地から採れる油の量は、同じ面積の大豆畑から採れる油のほぼ10倍で、環境への影響を最小限に抑えます。従って、パーム油は、21世紀のサステナビリティ戦略の欠かせない要素になるでしょう。

その一方で、パーム油は、バイオディーゼル(BDF)の原料でもあります。中でも注目すべきは欧州連合(EU)です。2003年のバイオ燃料指令を皮切りに、EUでBDFの利用割合が義務付けられたことで、マレーシアとインドネシアでのパーム油の生産量が急増し、需要の増加に応じてパーム油の栽培地が拡大して、両国での森林伐採が加速しました。科学者がこうしたプランテーション農業の拡大がどのような結果をもたらすのかを調査し、東南アジアの泥炭地――森林伐採が多く行われている場所――が劣化すると、今後数十年の間に大量の温室効果ガス(GHG)が大気中に放出されることになることがわかりました。つまり、パーム油から製造するBDFは、生物の生息地の破壊や生物多様性の莫大な損失をもたらすことに加え、気候変動に関していえば、結局のところ、従来の化石燃料よりも事態を悪化させることにもなるのです。

このような新たな洞察に応える形で、EUは2018年に、バイオディーゼルの原料として東南アジア産のパーム油を利用することを実質的に禁止し、2030年までにその利用をゼロにする法案を可決しました。こうした動きに巻き込まれたのは、ほかでもないパーム油の生産者です。とりわけ深刻なのは、この作物で生計を立てていたこの地域の多くの小規模農家です。

従って、東南アジア企業が早急に対策をとるべきなのは、これらの新しい要件をうまく切り抜ける方法を見つけ、農家が生計を維持できるように、また自国の繁栄と、企業がかかわるすべてのステークホルダーの幸せな暮らしに貢献し続けられるようにすることです。

戦略としては、地元の農家やコミュニティの収益源の多様化を図るために、収量を増やすだけでなく、熱帯雨林やマングローブ、泥炭地がもたらす価値を貨幣価値に換算する方法の確立などが挙げられます。サステナビリティは、地域社会が繁栄する道を模索し、同時に森林伐採や急増する炭素排出量を食い止めることにほかなりません。そして、それらはすべて、東南アジアの開発を進める企業の採算を維持しながら行われるのです。

Q:グローバル・レポーティング・イニシアティブ(GRI)は、今後2025年までのサステナビリティ報告のトレンドを調査した報告書を公表しました。GRIは、報告形態が「年次報告」から「データの共有」に変わり、取り組むべき重要な課題は、気候変動、人権、富の不平等だと予測しています。
将来のサステナビリティ報告の形態や内容は、どのようなものになるとお考えですか?

GRIスタンダードや米国サステナビリティ会計基準審議会(SASB)のようなサステナビリティ報告の主要な枠組みは、常に進化しています。また、気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)や、科学的根拠に基づく目標(SBT)イニシアティブによる提言など、企業のサステナビリティの管理やその進捗状況の評価を助ける新しいツールも登場しています。

こうしたアプローチのすべてに共通するのは、データ主導型が進んでいる点です。私も、我々がとるべき方向性についてはGRIの評価と意見が一致しています。データ主導型の評価が目指しているのは、企業がサステナブルではないビジネス活動による最悪の結果を避けるのに必要なことと、自社のESGパフォーマンスの足並みをそろえるためにガイダンスやツールを企業に提供し、サステナビリティを定量化して、測定可能なものにすることです。

今日、サステナブルではないビジネスに伴うマイナスの影響は、すでにかなり進んでおり、今では毎年、数十億ドル規模の損害が発生しています。グリーンランドや南極大陸で氷冠の融解が加速したり、世界の雨量のバランスが崩れ、干ばつや洪水の発生頻度や深刻さが増したりするなど、私たちはすでに天候や気温の極端な現象による気候変動を経験しています。時には予期せぬ結果ももたらします。昨年夏の記録的な猛暑で、ドイツの河川の水位が下がり、いつもは燃料を上流に運ぶ船が運航できなくなって、とうとうドイツ全域でガソリンが不足する事態に陥りました。

このような変化は加速し、世界経済への打撃は拡大し続け、ついには「臨界点」、つまり、一定のレベルと越えると飛躍的に変化が起きる水準に達します。そのような事態となれば、報告要件は今よりもはるかに厳しいものになると考えます。報告の範囲を選べたり、重要課題の特定が比較的自由にできたりといった「選択の余地」はほとんどなくなり、「データ中心」の報告がもっと増えるでしょう。こうした動きの中で大きな機会を見出すであろうビジネス形態の一つが、最近注目のフィンテック・プロバイダーです。彼らは自らの技術をまったく新しい種類の問題に適用し、やがて成果を上げ得るでしょう。

注 https://www.researchgate.net/figure/World-palm-oil-production-in-2017-Index-Mundi-2017_fig1_321633853

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