ENW Lab. ENWラボ
親子で自然に身をゆだねる「山に入ろうプロジェクト」
エコネットワークス(ENW)が運営するコミュニティ、TSAでは「サステナビリティファンド」という仕組みを設けています。TSAパートナーの暮らしや社会、地球のサステナビリティにつながる活動をサポートする制度です。
長野県在住の新海 美保さんは、ファンドを通じて「山に入ろうプロジェクト」を企画。親子で山や森の中に身を置く時間を増やしています。
執筆:新海 美保
長野県在住のライター、エディター。
「子どもと一緒に山へ入ろう」

(Photo by Miho Shinkai)
日本の国土の約7割を占める森林。木材資源を得られるほか、水を蓄えたり、土砂災害を防いだり、二酸化炭素を吸収して酸素をつくりだしたり、私たちの暮らしにたくさんの恵みを与えてくれます。
そんな日本の森林が危機にあると言われています。戦後、日本では復興のために木材の需要が急増し、早く育つ単一樹種を一斉に育てる拡大造林政策がとられました。今まさに当時植林した木の収穫期を迎えていますが、木材利用の8割を海外の輸入材に頼ってきたため、伐採されずに放置されている森林が多くあります。手入れされずに荒廃した森林は、土砂の流出防止など森林の機能を発揮できず、様々な問題を引き起こしています。
こうした現状を知れば知るほど、「山や森の現状についてもっと知りたい」という思いが募っていきました。林業について本格的に学べる場所といえば、大学や全国で増える林業大学校のほか、森林保全の活動を行うNPOの講座などがあります。いずれもとても魅力的ですが、7歳の娘がいる私には少しハードルが高く、せめて子どもと山や森に入る時間を増やせないかと考えていました。
そんなとき、TSAの仲間がサステナビリティファンドを利用して森に通っていると聞き、私も「子どもと一緒に山へ入ろう」と題したマイプロジェクトを始めました。目標は、スマホやパソコンを離れて自然の中に身を置く時間を増やすこと。あまり気張らずに、ファンドの後押しを受けて、親子共々、自然の偉大さを実感できるようになればと考えました。
2万年前の氷河期の遺産「千畳敷カール」

標高2,931mの宝剣岳直下に広がる千畳敷カール。高山植物の宝庫として知られています(Photo by Miho Shinkai)
まずは近隣の山に入ることから始めました。自宅の窓から毎日眺めている中央アルプスの「千畳敷カール」。自宅近くの駒ヶ根駅からバスとロープウェイを乗り継いでたどり着くことができます。
カールとは2万年前に氷河期の氷で削り取られたお椀型の地形。中央アルプスには「千畳敷カール」や「濃ヶ池カール」などのカールがあり、氷河時代がつくり出した「地球の造形」とも呼ばれます。
標高2,500mを超える高山帯の岩肌の真下に広がる千畳敷カール。カール内の遊歩道は周遊約40分で、春はまだまだ雪が残っていて春スキーや雪景色を楽しみたい人々が訪れます。夏はカール一面に可憐な高山植物が咲き、植物の研究者たちも集うそうです。紅葉の秋は山肌一面が黄金色に輝き、冬は紺碧の空と純白の冬景色が楽しめます。

木曽駒ヶ岳への登山のスタート地点にある駒ヶ岳神社(Photo by Miho Shinkai)
四季折々ダイナミックに変化する雄大で美しい景色を求めて全国から登山者が訪れますが、山は危険な場所でもあります。何度か通ううちに、ここには雪崩の注意喚起をする人やレスキュー隊員、山小屋や遊歩道の管理者、ライチョウや高山植物の研究・保護をしている専門家などいろんな人が携わっていると分かってきました。
人と自然とが調和しながら持続可能な地域をつくっていくために、ここにはたくさんの人たちの知恵や努力が詰まっていると感じます。
月に1回、森の秘密基地に集まる「あそびじゅく」

のこぎりで木を切る大人と子ども(Photo by Miho Shinkai)
「子ども劇場」の「あそびじゅく」にも、昨年から参加しています。子ども劇場とは、1960年代の高度経済成長やテレビ時代到来で、子どもの遊び場や遊びの縦割り集団が失われてきたこと、また遊びやけんかを体験する機会が少なくなってきたことに対して「何とかしなくては」と考える親や地域の青年たちによってつくられました。福岡県で発足し、徐々に広まり全国組織になったそうです。

あそびじゅくのメンバーがつくった森の中の歩道(Photo by Miho Shinkai)
私が会員になった長野の南部・上伊那地域の「伊南子ども劇場」の活動の柱は2つ。1つが、プロの舞台芸術を鑑賞すること。もう1つが、会員が率先して動く「自主活動」です。その自主活動の取り組みとして「あそびじゅく」があり、地域から山林の一部をお借りして定期的に山あそびをしています。通称「ひみつ基地」と呼ばれ、山林内の道の舗装や安全管理などは自分たちで担っています。山が近くにあってもなかなか遊ぶ機会がない子どもたちが、「これは危ない」「このくらいは大丈夫」という野生の勘をとりもどし、自然と対峙できるように育ってほしい。そう願う親たちが企画していますが、主体はあくまで子どもたちです。
特徴的なのは参加者の「当番制」。当日みんなでつくるご飯や自然の中での遊びを考えるのは「当番」の役割で、私は6月の会で担当しました。一緒に当番になった人やその子どもたちと話し合いながら、遊びは「葉っぱのお面づくり」と「木の枝迷路」に決定。これまでの記録を見ると、森遊びは木の枝でパチンコをつくったり、ノコギリを使って竹のキャンドルホルダーをこしらえたりいろいろですが、考えるにあたり森遊びの本なども参考にしながら「山は教育の宝庫だな」と改めて思いました。

カット野菜を持ち寄って大鍋に投入。いろんな具材でよりおいしくなります(Photo by Miho Shinkai)
6月のランチは豚汁とおにぎり。雨が降った後の火起こしは不安でしたが、メンバーの中に慣れている人がいて、無事に火を起こして豚汁をつくり上げました。

穴を掘って足場を置いただけの手づくりトイレ。「え!ここでするの?」と叫んでいた娘もすっかり慣れた様子(Photo by Miho Shinkai)
伊南子ども劇場とあそびじゅくの魅力は、親子だけでなく地域の学生なども参加していることです。かつて子ども劇場に参加していた小学生が大人になって、地元の子どもたちのためにと参加してくれています。学校の元校長先生やUターンで戻ってきた人、私のような移住者もいます。自然の中での遊び方や森の管理方法、地域の歴史や地理に精通している人もいて、あそびじゅくは今や私にとってなくてはならない貴重な場になりつつあります。「森に入りたい」と思って自分で山へ行っても、できることや発見できることは限られているので、日常的に山へ入っている人の話を聞くのも勉強になります。
山に入り続けたい

苔が生い茂る切り株(Photo by Miho Shinkai)
森の中に入ると、静けさの中に川のせせらぎや鳥の声が響きます。目を閉じると、木々の香りや涼しい空気、やわらかな土の感触、森に差し込む優しい日差しに、不思議と気持ちが落ち着いてきます。
この豊かな森で、子どもたちは何を感じたのでしょうか。実は一緒に山へ行く娘は、「森より家でゆっくりテレビを見ていたい」と嫌がることがあります。嫌がっているところを無理に連れて行くのは気がひけるのですが、なんとか森にたどりつくと、徐々に表情が豊かになっていきます。心が解放されているのかな、と感じます。
自然の中で音やにおい、そして目に見えない気配を感じられるようになるにつれ、子どもたちの間に変化が生まれているような気がします。誰かが困っているとさっと手を差し伸べるような関係が、垣間見られることがあるのです。テレビやゲームの画面ばかりみていると目の前のことしか見えなくなりがちですが、五感を刺激する体験を通じて、そばにいる人の気持ちや悩みをも想像できるようになるのかもしれません。
私が住んでいる地域には、ボランティアで身近な自然を守る活動をされている人や、子どもたちに自然体験の機会を提供してくれる団体があります。今後も時間を見つけて、自然の中に身を置く時間をつくり続けていきたいです。