「近代化とは何か。人間とは何か」水俣・京都展でもらった問い:おすすめ書籍編

2025 / 7 / 17 | カテゴリー: | 執筆者:EcoNetworks Editor
本の集合写真

(Photo by Emi Hosokawa)

エコネットワークス(ENW)が運営するコミュニティ、TSA(Team Sutainability in Action)では「サステナビリティファンド」という仕組みを設けています。TSAに参加するパートナーが自身や社会のサステナビリティにつながる活動をしたいときに、資金面から取り組みを応援する制度です。

細川絵美さんは、同制度を活用し水俣・京都展へ行き、多くの学びを得てきました。前編の展示編に続き、こちらの記事では「水俣病ブックフェア」で購入した本をご紹介します。


執筆:細川絵美
神奈川県在住のライター。ENWでは社内広報を担当。関心のあるテーマは、パーマカルチャー・自給力を高める暮らし・子どもの育ちと権利・空き家問題。


昨年12月に訪れた「水俣展」の会場では「水俣病ブックフェア」も開催されており、水俣病に関する本やDVDが販売されていました。読んでみたい本がありすぎて悩んでしまったので、スタッフの方におすすめを紹介していただき、3冊購入しました。

苦海浄土 わが水俣病』石牟礼道子

苦海浄土

Image by:講談社

「水俣病の現実を伝え、魂の文学として描き出した作品として絶賛された」石牟礼道子さんの『苦海浄土』。

たくさんある石牟礼道子さんの書籍の中で、「初めて読むならこれは外せない」と紹介いただき、購入しました。

平成30年2月に亡くなった作家・石牟礼道子さん。公害病の原点と呼ばれる水俣病の患者たちに終生寄り添い、その声なき声を豊かな方言でつづることで、切実な被害の実態を伝え続けた。石牟礼さんは昭和2年生まれ。生後すぐ水俣に移り住み、20歳で結婚、一児の母となった。しかし、水俣病患者の存在を知ると、患者の家々を一軒一軒まわって取材を重ね、彼らとその家族の苦しみを描いた作品を地元の雑誌に連載する。これを昭和44年に「苦海浄土」にまとめ出版、文明の病としての水俣病の悲劇を広く社会に訴えかけた作品として大きな反響を呼んだ。水俣病問題を通じて命の尊厳を問い続けた90年の生涯だった。

「NHKアーカイブス 人物」より引用

どのページも「自分もその情景を見ているのでは」と思うほど鮮明で繊細な文章で、さらっとは読み進められません。水俣に暮らし、一軒一軒まわって話を聞き、生まれた、まさに「魂の文学」です。患者さんとその家族の苦しみ、壮絶で清冽な人生がどどっと入ってきます。今、じっくりと時間をかけて読んでいます。

チッソは私であった』緒方正人

『チッソは私であった』表紙

Image by:河出書房新社

水俣展に行こうと決めて、予習として何か本を読もうと図書館で借りて読んだのが、緒方正人さんの『チッソは私であった』でした。確か、ネットで「水俣病 本」で調べたら出てきました。

家族を水俣病で亡くし、ご自身も患者さんであり、行政やチッソとの闘いの前線に立ち続けた緒方さんに訪れた「チッソは私であった」という啓示……。

そこに至るまでの緒方さんの人生、「チッソは私であった」に至った過程や想い、その後闘いから退き漁師として一人で木舟に乗って広い海の上で至る思想……綴られる言葉には、哲学があり、「どうしてこんなにも深く語りかける言葉を綴れるのだろう……」と思いながら読みました。

いのちの旅「水俣学」への軌跡』原田正純

『いのちの旅』表紙

Image by:岩波書店

水俣病の発覚が遅れた大きな要因の一つが、国や行政・企業の御用聞きとなっていた研究者や医師の存在でした。この構図は至るところにあるのだと、展示を見ながら憤りを感じました。

一方で、水俣病研究の第一人者で患者さんの救済に半世紀にわたって取り組んだ医師もいます。それが、原田正純さんです。

原田さんは、一軒ずつ水俣病の患者さんの家を訪れ診察し、実態を明らかにするとともに、母親の胎盤を通して胎児が有機水銀に冒される「胎児性水俣病」の存在を、世界で初めて明らかにしました。

有機水銀中毒「水俣病」の公式確認から60年が過ぎた.今もなお環境汚染,原発事故,薬害禍など,命と尊厳を脅かす深刻な問題が世界各地で跡を絶たない.人類の負の遺産としての「水俣」をあらゆる角度から捉えなおし将来に活かすべく水俣学を提唱した原田正純医師(1934-2012)が,様々な現場を歩き,人びとと出会う中で,希望の原点を探った思索と行動の記録.

岩波書店の書籍紹介ページより引用

水俣病を医師の立場から見つめ続けた「水俣学」を学べると思い、こちらの本も購入しました。

近代とは何か。人間とは何か。

最後に、水俣展の図解の「おわりに」から一部抜粋してご紹介します。近代とは何か、人間とは何かをこれからも問い、考え続けるために何度も読み返したい言葉です。

金融不況と企業救済、沖縄基地問題、環境ホルモンとダイオキシン、官僚腐敗、原発事故、学級崩壊、自殺の日常化、多発する陰湿な犯罪……。私たちはいったい何処に来てしまったのか、そして何処に行こうとしているのか。世紀の間に立って、もう一度、人としてありたいと願います。

ひと。不知火海の海辺に人がいるのを知りました。そこには、有機水銀によって身体は蝕まれながらも、私たちよりはるかに健やかな人びとの暮らしがありました。都会に行き、時間に追われ、消費と生産の境さえおぼろげになってしまった私たちとは異なる世界観をもち、異なる日常を送る人びと。いわば「健やかな病者たち」と接することによって、私たちはこの社会と自らの病いの深さを知りました。

近代とは何か、人間とは何か。私たちは自らの理性をふたたび信頼し、他者の存在と自然に対する畏れを大切にして、それぞれの日常を問い直すことからしか、新たな可能性は見い出せないように思われます。

「水俣」という経緯、患者の方々の言葉を通してその手がかりが得られないか。私たちの想いはただこの一点にあります。

水俣フォーラム「水俣展」図解「おわりに」より引用

水俣病を取り巻く問題は重く、未だ全貌が見えてないことや、解決していないことが数多くあります。現在進行形の様々な問題とも重なっています。

水俣病について考えると、心が苦しくなることが多々あります。一方で、「水俣展」やこれらの本は人間の強さ、深さ、人間であることの意味、可能性を教えてくれます。これからも「水俣病」について考え、行動し続けていきたいです。

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