ENW Lab. ENWラボ
Interview: LIXILは、世界の「トイレ問題」に、どのように取り組んでいるのか?
インタビュー日時:2014年6月25日
お話:
株式会社LIXIL 技術研究本部
理学博士
今井茂雄氏
聞き手:小林一紀(エコネットワークス)*以下ENW
構成:佐藤百合枝(ENW)
スライド:ENW& Co Studio戸塚晶子(グラフィック・デザイナー)
【はじめに】
「2018年までに200万人以上の児童に衛生的なトイレを提供する―。」
LIXIL が2013年11月に開始した「SISI 2018プロジェクト」の大きな目標だ。同社は、安全な水の提供と衛生状況改善を目指す、ユニセフの「WASHプログラム」の支援を表明。また、自社独自の活動として、下水道インフラが未整備である地域に「循環型無水トイレシステム」を新たなインフラとして普及させる取り組みをケニアで開始した。
「今主流の製品より不便を強いるような製品は社会に普及しない」という考えのもと、水洗トイレに全く劣らない「循環型無水トイレ」開発を目指すというこの取り組み。JICAの「第1回 開発途上国の社会・経済開発のための民間技術普及促進事業」に採択され、また、途上国で衛生的なトイレの普及を飛躍的に進める活動を表彰する「GOODプロジェクト」の「新しい取組み賞」も受賞している。
トイレの衛生改善は、人々の命を救うことに直結し、経済的な観点でも労働生産性向上などにつながり投資額の5.5倍の経済効果があるとされる(ユニセフの2011年記事参照)。国連のミレニアム開発目標*でも基本的な衛生施設(トイレ)を継続的に利用できない人々の割合を1990年比で(2015年までに)半減することを目標に掲げている。しかし、現状サハラ以南アフリカ及びアジアの多くの国で目標達成が極めて困難な状態にある。
株式会社LIXIL技術研究本部の今井茂雄氏に、この大きな課題にどう取り組んでいるのかを聞いた。
*ミレニアム開発目標
2000年に採択された、国際社会の支援を必要とする課題に対して189の国連加盟国代表が2015年までに達成すると約束した国際開発目標。8つの目標、21のターゲット、60の指標からなる。
インタビュー
●世界の「トイレ問題」とはどのようなものですか?
世界では、25億人がトイレを持っておらず、不衛生な環境が原因で死亡する5歳未満の子どもの数は毎年75万人以上にもなるのをご存知でしょうか。
途上国でのトイレの不備は、貧困や人間の尊厳とも密接に関わります。今現在も、一日に何度も水を運ぶために子どもたちの学習時間が奪われたり、女性が茂みに排泄に行く際には暴行の危険にさらされていたりするのです。
また、経済的な側面からみても、衛生問題によって引き起こされる経済損失は世界で年間2,600億ドルにのぼり、社会発展の足かせとなっています。
「トイレ問題」は、現在進行中の、命や貧困に直結する問題なのです。
●水洗トイレは、解決策にならないのでしょうか。
水洗トイレは、1800年代、世界人口が10億人だった頃に開発されました。この先2050年には世界人口が100億を超えるという予想もあります。人口が増えるなかで、「有限な代替のきかない資源」である貴重な水は賢く使わなくてはいけません。
しかし現在、日本人は飲み水にも使えるきれいな水を、一回のトイレを流すのに13L、超節水型でも4L使っているのです。
さらに、下水道設備の維持・管理や、し尿の運搬に、大量の水とエネルギーを使用しています。またご存知のように、し尿には貴重な肥料成分が含まれています。海外から輸入した窒素・リン酸・カリウムといった農業に必須の肥料で野菜を育て、摂取した結果として排泄されるし尿を効率的に回収することができれば、河川や海洋の汚染も大幅に軽減され、肥料の輸入も不要となる資源循環型の社会ができるのです。
●これらの課題に、LIXILはどう取り組めるのでしょうか。
2013年にLIXILは、「SISI (Improved Sanitation In Schools) 2018プロジェクト」をスタートしました。2018年までに、201万8,000人の児童を対象に、安全で衛生的なトイレ環境を届ける。これを目標に掲げ、ユニセフが進める、安全な飲料水と衛生施設を継続的に利用できない人びとの割合を半減させるための「WASHプログラム」にも参加しています。
具体的には、資金及び製品の提供を行っており、資金は衛生教育やトイレ環境維持、一部建屋の建設費などに使用されています。たとえばフィリピンでは、約22万5,000人の子どもたちに歯ブラシや石鹸などを届け、衛生教育のための資金として3年間の寄付を行っていきます。また中国では、2013年度に約500台の便器セットを学校に提供しました。2014年度も中国やフィリピンの子どもたちを支援していく予定です。
LIXILは「SISI 2018プロジェクト」を進める一方で、衛生・環境問題と飢餓・貧困の問題を同時に解決する「グリーントイレ・システム」の研究開発、実証実験に取り組んでいます。この活動も「SISI2018プロジェクト」と同じ持続可能な衛生問題の解決を目指しています。
●衛生問題と飢餓・貧困問題の解決につながるグリーントイレ・システムとは?
し尿を(その運搬に水を使わず、つまり水資源を汚染せずに)分解・発酵し、再資源化する。この「エコ・サニテーション」の研究・開発に、LIXILは2008年から取り組んできました。これは、膨大な資源を使用する現在の仕組みを、資源を活用・再生する循環型システムに転換しようとする試みです。これまでベトナムやインドネシアにおいて調査や実証研究を進めてきました。
その成果として、2014年1月、JICAの「第1回 開発途上国の社会・経済開発のための民間技術普及促進事業」に採択され、ケニアでの実証実験がスタートしました。安全な排泄・肥料化の施設環境を提供する。それだけでなく、生成した肥料を利用して農業生産や雇用創出につなげる。このように生活に必要な一連のサイクルを支えるシステムを「グリーントイレ・システム(循環型無水トイレシステム)」と名付けています。ケニアで構築を進めていますが、「し尿に市場価値がつけば、仕事が増えることにつながる」と、現地の人たちがこの活動に大きな希望を寄せてくれています。
水も電気も使わない、循環型無水トイレシステムの仕組みはこうです。
まず、排泄物を固液分離のセパレーターにより便と尿に分けます。便は微生物の働きで発酵•分解され、肥料となります。尿も同様に肥料として使用できます。従来の循環型トイレと異なり便器洗浄も可能で、極力洗剤を使わずに雨水などを使う予定にしています。
窒素•リン酸•カリウムなどの貴重な成分は、水洗トイレのようにいったん希釈してしまうと、回収するのに膨大なコストとエネルギーがかかります。そのため、肥料として使うためには、最初からできるだけ希釈しないというアプローチがとても重要なのです。
●LIXILという会社にとって、この取り組みがもつ意味とは?
LIXILは、「総合住生活企業」として、人々の住生活全てに関わるソリューションを提供しています。これは、機能や商品そのものだけではなく、それらを使う人々の暮らしの質も向上させるということです。途上国の生活の質に大きく関わる衛生問題がある。ここでLIXILのノウハウを活かして、「循環型無水トイレシステム」を普及できれば、不適切なし尿処理や、危険を伴う野外用便を減らし、保健衛生改善に貢献できると考えました。
このプロジェクトは、「社会的責任を果たしたい」からだけでなく、「LIXILがトイレメーカーとしてグローバルに存在し続けるために、新しい型のトイレ開発が不可欠である」という視点をもって始めたものです。今、世界の社会・経済システムの比重が「南(途上国)」にシフトしているという考え方があります。エネルギーの枯渇など様々な課題に対応していくヒントも南側にあるという視点で、ケニアで実証実験をスタートさせました。
また、日本企業がこれを行うということにも、意味があると考えています。欧米諸国と違い、日本は江戸時代に完全循環型社会を実現していました。し尿の堆肥化を普及するにあたって、実際にし尿を肥料にして作物を育ててきた日本の文化や歴史が、活動に説得力を与えるのです。
日本は阪神・淡路大震災や東日本大震災のときに、ある日突然トイレが使えなくなるという状況を経験しました。地震などの災害に強いトイレシステム開発の「解」が、途上国のトイレ事情の中にあると思っています。
循環型無水トイレを開発するにあたっては、将来的に先進国に逆波及することまで視野に入れています。トイレメーカーとして、開発を首都直下地震までに間に合わせたいという強い想いも持っています。●途上国でプロジェクトを進める上で大切にしていることとは?
「Co-creation(共創)」を大切にしています。今までの日本企業は、完成度100%の製品を途上国に輸出するという姿勢で、現地のニーズに比べ質も価格も高すぎるという課題に直面していました。この度の「循環型無水トイレ」は、完成度が3割程度の段階で現地にお届けし、現地の人たちとともに、彼らに意見を求めながら改善を重ね、製品を共創していくというアプローチをとっています。現地の人たちが修理できる製品を作り、また、現地の人たちが運営できるモデルを構築したいと考えています。
下水道インフラがない地域で水洗トイレの数を増やしても、排泄物はそのまま河川に流れ、衛生環境は改善しません。単純なトイレ普及数だけを目標にするのではなく、周辺環境を悪化させることのないシステムを普及させ、同時に現地の人々に衛生教育や新規雇用も提供するといった取組みが大切だと考えています。
●どのように活動の広がりを生み出していこうとされていますか?
「SISI 2018プロジェクト」の目標200万人という数字はとてもチャレンジングです。まず問題について知ってもらうところから始めたい。私たちはそのように考え、YouTubeなどを使って、「トイレ問題」を伝えようとしているところです。
さまざまな取組みやキャンペーン、コミュニケーションと「共振」して、新興国の人々が何を選択すべきかを問いかけ、認識を広げることが大切です。現地での活動と世界でのコミュニケーションを通して、LIXILが「トイレ問題」において変化の起点になれるよう、活動を進めていきます。
小林の視点
インタビューを通して、今井さんの研究者としての現状分析を聞き、開発者としての情熱に触れました。
なぜLIXILが取り組むのか、ということについては、「総合住生活企業」として、人々の生活全てに関わるソリューションを提供するというミッションがあります。そしてより具体的に、LIXILがトイレメーカーとしてグローバルに存在し続けるために、新しい型のトイレ開発が不可欠という強い危機感が、この取組みの支えになっています。
私自身、今井さんのお話を聞き、引き込まれました。この問題について、コミュニケーションの共振を広げるには、「なぜ取り組むのか説得力ある形で、取組みへの情熱を伝える」ことだと感じています。